日記・コラム・つぶやき

2014年8月 6日 (水)

ホンモノの平和主義と、ウソの平和主義

66_3 フランスに旅行した若い女性が、よく買って帰るお土産に「モンサンミシェルのガレット」があります。モンサンミッシェルとは、フランスの西海岸に浮かぶ小島で、ユネスコの世界文化遺産にも登録されているカトリックの修道院であり巡礼地でもあります。

そのモンサンミッシェルの海では、その潮の激しい満ち引きを利用してカキの養殖が行われてきました。そのカキの養殖について、先日、BS放送では、日本とフランスの心温まるエピソードを紹介していました。

いまから50年ほど前のこと、濃厚で美味しいモンサンミッシェルの海のカキが、細菌によって全滅してしまいました。そこで、猟師さんたちはポルトガルからカキの種を輸入したのですが、またまた菌で全滅してしまったのです。
途方に暮れた猟師さんたちは世界中、細菌に強いカキの種を探し回わりました。するとカナダのカキが菌に強いことがわかり、そのルーツをたどると、菌に強いそのカキは日本の宮城県産のものだということがわかったのです。

モンサンミッシェルの海の猟師さんたちは、宮城県の桂島の猟師さんたちに交渉し、その菌に強いカキの種を譲り受けられないかを打診しました。すると桂島の漁民たちは、親切にも、快く応じてくれたのです。そのカキは再びモンサンミッシェルの海を、カキの名産地に蘇らせたのでした。それから50年、今ではフランス中から、このカキを食べに来る観光客でいっぱいです。

2012年、東日本大震災で東北のカキは全滅しました。美しい桂島のカキも全滅しました。その大震災を知ったモンサンミッシェルの海の猟師さんたちは、立ち上がったのです。桂島の猟師さんたちに、たくさんのカキの種を網ごとプレゼントしてくれたのです。50年前の絆、それが再び遙か遠い国、フランスと日本の人々の心を結びつけたのでした。そのおかげで、いま桂島ではカキの養殖が実を結び、再び見事なカキを出荷できるようになりました。

いま日本は、「積極的平和主義」の名のもと、戦争への一歩を踏み出しました。
太平洋戦争の末期、日本は劣勢を国民には知らせず、軍によるたび重なる「退却」を、マスコミにも「転進」と言わせ事実を隠しました。「きれいな言葉」で国民を欺く―――それが不都合をごまかす「時の悪しき政府」の姑息な常套手段です。

「国民の命と財産を守るために(?)同盟国と一緒に戦争をする、それが積極的な平和主義」「戦争のできない国から戦争のできる国へ、それが積極的平和主義」「同盟国に武器を輸出して、何の罪もない子供や女性の殺戮に加担する、それが積極的平和主義」――あなたは、この「きれいな言葉」を信じますか。
私は、モンサンミッシェルの海の猟師さんたちと宮城県桂島の猟師さんが、人間が本来持っている善意に基づいた交流により、50年の歳月を超えて助け合った事実こそ、ホンモノの「積極的な平和主義」であると思っています。

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2011年2月 1日 (火)

日本サッカーのステージが変わった日

61_6  まだまだ余韻が残っていますね、アジアカップで日本が優勝した話。楽しいことや明るい話題が少ない今日この頃、誰もが手放しで喜べるのは、やはりスポーツです。もう連日、TVでも詳細を報道し、選手の話や監督の話、良い話ばかりなのにはマスコミも現金なもんだなあと思わざるを得ませんが、まあ暗い話や批判・評論ばかりに飽き飽きした国民には、一服の清涼剤であることは間違いありません。

 実は私も高校時代はサッカー部でしたが、その頃は今のような格好良いスポーツではなく、皆が注目するスポーツでもなかったのです。練習の時、自前のサッカー着を忘れてくると、部室に脱ぎ捨ててあるユニフォームの中からきれいそうなの(といっても他人の汗が乾かず湿っていたりカビが点々とついているなど)を選んで鼻で息をしないで着て練習するような時代。だから右と左のストッキングの色が違う、履いている左右の靴がそれぞれ違うなんぞ当たり前、練習前の校外ランニングで、お嬢様学校の白百合女学園の前を2列で走る時には、ひときわ声を大きくするなど、まあTV「青春とはなんだ」のとっくの前に、「青春とこうだ!」という硬派のスポーツがサッカーだったのです。

 その後、メキシコオリンピックで日本がサッカーで銅メダルに輝き、はじめてサッカーが注目されるようになりました。ただ、この快挙の背景にはドイツから招聘したクラマー名コーチの優れた指導力がありました。しかしながら、その後は長い長いアマチュアスポーツとしての時代で、世界にはなかなか通用しなかったのです。そして、Jリーグの発足によりプロのサッカー選手が数多く輩出し、日本も世界への階段を少しずつ上っていきました。

 その間、「このまま無失点ならワールドカップに行かれる!」イラクとの試合のロスタイム、コーナーキックからロビングボールで1点入れられ引き分け、代表選手はもとより日本国民は地獄を味わいました。これが「ドーハの悲劇」です。この試合後、グランドに泣き崩れる選手一人ひとりを抱き起こしていた、オフト監督の姿が私には強烈に印象に残りました。

 その後、岡田ジャパンによるワールドカップ出場、中田英俊などの海外組の活躍など、このあたりからは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。このように日本のサッカーの歴史を眺めてきましたが、実は今回のアジアカップで、日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのです。

 では、何が変わったのか。
 それは、「個人技のレベルアップ」の時代から、「個人技の掛け算」の時代に入ったことを実感したことです。いままでチームワークで勝つとか、皆がひとつになって、という情緒的でアナログな面で、日本のサッカーが評価されることは数多くありました。しかし、今回のアジアカップで見せた日本のサッカーは、そのアナログなチームワークもさることながら、「個人技の掛け算」によるサッカーシステムのレベル性で、まさにディジタルな進化を表すものでした。あたかも人類が進化する過程で、染色体が異常分裂して知能のステージをレベルアップさせていったように、大げさに言えば、まさに歴史的な飛躍の瞬間を見た思いです。

 では、その姿とは・・・・具体的には2つのシーンに象徴されます。
 ひとつはシリア戦で、本田が右サイドから切り込んだ時。バックを抜きゴールライン近くまで持って行き、そこでマイナスのパスを香川に。そのパスを受け香川が右に切り込みシュートと見せかけ左にターンして瞬時にシュート。キーパーがはじいたボールを今度は松井がトラップしてから長谷部にチョン、しかも長谷部のシュートを防ぎに行こうとした敵のバックを背中でブロック、リレーの仕上げを長谷部が見事なミドルシュートで決めたのです。

 この瞬間に、日本のサッカーステージが変わりました。いままで個人技でも、せいぜい2名の連携で得点し、ワールドカップには重ねて出場できるところまできたのです。しかし、高い個人技の単独ではない4名の連携は、まちがいなサッカーが染色体の分裂でステージアップしたのす。もうひとつは、その後の試合で、何と7名によるパスと連続プレイによって前田が得点したシーン。その間、敵は一度もボールに触れることはできなかったのです。このように、まちがいなく日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのが、今回のアジアカップです。

 生物学の世界では、「態を変える」ことを「成長」と言いますが、まさに「態を変えた日本サッカー」を目の当たりにしたアジアカップでした。何事にもステージが変わる、染色体の数が変わることがあるのでしょう。こういった瞬間があることを前提に、自分のこと、家庭のこと、会社のこと、日本という国のこと、そして世界のことなどをイメージングすると、はたして「態を変える」どのような理想の瞬間や姿が、皆さんには浮かんできますか。

 

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2010年11月 9日 (火)

若いビジネスマンに問う「なぜ、民主党は自己崩壊するか」

60  「他山の石」という言葉があります。他のつまらないことでも自分を磨く参考になるというたとえです。そこで、若いビジネスマンの方々にビジネス研究課題をひとつ。設問「民主党という組織は、そう遠くない将来に自己崩壊するが、それはなぜか」

1.組織の原理原則―― 設問に答えるには、まず、この党を「ひとつの組織として分析する」ことが重要です。「組織の原理原則」を教科書的に述べれば、組織には①共通の目標 ②協働の意欲 ③人間関係が必要となるのですが、そのすべてが民主党に欠けていることをさまざまな事象が証明しています。

2.組織の目標 ―― 企業では「組織の方向性」を「理念・ヴィジョン・経営方針・計画」に見ることができますが、党ではどうかというと、マニフェスト(「みんなの党」はアジェンダといっている)がそれに該当します。では、民主党のマニフェストはというと、国民は託児所が足りないと叫んでいるのに高額所得者にも「子ども手当ての支給」を、旧道路公団が無駄な道路を造りさんざ借金の山を残したのに「高速道路の無料化」を、国民が信頼して預けた大預金を勝手に政治家と官僚が利権がらみに転用しないようにと総選挙までやって国民投票したのに「郵政民営化を白紙」に、そして孫子の代でも返せないほどの国の借金があるのにさらに「過去最高の借金予算」を。以上の政策から、一貫した「民主党の目標」を述べてみてください。・・・・そうですよね、この国をどこに向かわそうとしているのか、かわかりませんよね。

3.組織の理念 ―― つまり、企業でも政治でも、組織目標の究極は「人や社会を幸せにする」ものでなければなりません。そうであれば、まず孫子の代への借金も、国民が払う税金も少なくする努力をするのが当然、しかし政策は借金をますます増やし正に逆行しているのです。ではなぜか。それは、民主党のマニフェストの骨子が、小沢一郎というポピュリスト(大衆迎合者)が中心となって作成した「どうしたら国民の票を集められるか」という選挙対策にあるからです。いわば「絵に描いた餅で1票を釣る」ことが目的ですから、この目的には理念がありません。だから政策に一貫性がないばかりか、いざ実行となると自己矛盾で自縄自縛に陥ってしまうのです。

4.組織の人材 ――では、この自己矛盾だらけの「絵に描いた餅」が、なぜ民主党のマニフェストになってしまったのか、それは「真に理念やヴィジョンを描ける人材」が党の幹部にいないことを表しています。「いまの民主党幹部は労働組合あがりと松下政経塾出身者ばかりで経営をしたものが一人もいない」と、くしくも田中真紀子氏がTV対談で喝破した通りなのです。

 国家も企業も「経営こそ要」で、いかに売り上げるか、いかにコストを抑えるか、そして利益を生み、将来の生産に投資し、社員や国民に還元するかは全く同じ土俵なのです。ところが、いま日本では企業幹部にあたる政治家も経営スタッフにあたる官僚も、ともに「お金を稼いだ経験者」がゼロに近いという恐るべき現実があります。ですから道楽息子と同じで、「浪費することにしか頭がない!」メンバーによる擬似政治という国家的欠陥が、そのまま莫大な借金として国民に覆いかぶさってきているわけです。

5.組織の責任 ――「三面等価の原則」というのがあり、人や組織の「権限・責任・義務」は正三角形のごとく等価です。外交において国家権力を行使する権限の対極面には、それだけ重い責任があるわけです。ところが、尖閣諸島の一件では、早々と総理も官房長官も責任から逃げて那覇地検のせいにしてしまいました。がんばった海上保安庁の職員にしてみれば、犯罪人を腰抜け2人が逃がしたと思っても不思議はありません。それが、尖閣DVDがひとたび国民に公開されてしまったら、今度は犯人探しに躍起となる姿は、「彼らの義憤を生んだのはオマエさんたちの大罪と責任だろうが!」と怒っている国民も多いのではないでしょうか。かって北朝鮮船の領海侵犯と銃撃戦を国民は情報公開によって知りましたが、中国船の領海侵犯と故意の衝突暴挙の映像が、どうして国家機密なのかと国の対応にも疑問が残ります。

 また、「200年に一度の災害のために400年かけて大堤防を造る」といった子どもでも「ええっ?」と笑うような馬鹿げたことに、国民の血税が湯水のごとく垂れ流されている現実を前にした「仕分け」。その仕分け人には、「仕分ける権限」があっても「ムダを実際に排除する権限」がありません。つまり、「仕分け」には実行の責任を取る者がどこにもいないというのも現実。つまり「権限と責任」が等価にないいびつな組織、つまり「組織の原則」で政治のシステムをつくれない組織が民主党なのです。誰も責任をとらない組織は、何も動かないので間違いなく瓦解します。「慎重に見守る」経済や「断固たる処置で」という言葉は、何も策がないことの裏返しです。小沢氏の国会招致の件も含めて何事も決断できないリーダーと組織が、若いビジネスマン諸君、いつまで続くと予測しますか。

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2010年9月 9日 (木)

「アリ地獄」に陥らないビジネス

59  車を運転する方、ガソリンの価格がなかなか下がらないので困っていますよね。セルフで給油している方も多のでしょうが、私は窓拭きやゴミ出し、中拭きタオルの提供などに頼り、車内にいて済む不精な選択をしています。

 当然のことながら、このようなサービスで顧客の獲得合戦をしているスタンドは、大して儲からない給油でも、これを入り口にタイヤ交換や車検、その他サービスで実際の経営を成り立たせているのが実情です。ですから、窓拭きも「窓を拭いてよろしいですか」とはいうものの、形式的にやっているところが結構ありますよね。

 そこで、私の車はというと、この形式的な窓拭きでは、困ったことがひとつあります。
 実は、私の車の駐車場は、もともと周囲を木々に囲まれた農地を、自社専用に5台分借り受けたもの。なので、車のフロントガラスやボンネットには、カラスやトビの大きな糞がボタっと落ちていたり、赤い小さな桜の実や紫色の桑の実など、さまざまな木から落ちた実が、車のあちこちで小さな塊として付着してしまいます。鳥の糞は放っておくと石灰化して、ボンネットの塗装まではがしてしまうので大変にヤッカイです。
 ですから、スタンドの店員さんが窓拭きをしてくれても、この糞や木の実のしつこい汚れ部分は「拭き残し」というケースが結構あるのです。

 ところが先日、時々お世話になっているスタンドで、こんなことがありました。
 窓拭きをしてくれた男性は、もう50台も後半でしょうか。汗だくになりながら一生懸命、車の窓を拭いてくれました。実は洗車をして間もないので、あまり汚れてもいなかったはず、給油も終わり、窓もきれいになって、お勘定かと思ったら、再度、違うスプレーを持ってきて、フロントガラスを眺め、ある一点を拭きだしたのです。直ぐに終わったのですが、終わった瞬間、車内で見ていた私と眼が合い、ニコッとして、「きれいになりましたよ」と笑顔で言ったように感じました。わたしもつられて、思わず「ありがとう!」と車内から笑顔で応えていました。一切言葉は交わさなくとも、その瞬間、2人には何ともいえないすがすがしい空気が流れました。

 話は変わって、大手電器店がひしめく首都近郊の、ある地元の電器店。顧客のほとんどがお年寄りなのですが、大手に負けず繁盛しています。デジタルやリモコンなど、いくら安く買っても使えないのがお年寄り。そこで価格は大手量販店より高いのですが、従業員がおうちに出向き、何時間でも親切に、できるまで優しく教えてあげることが繁盛のヒケツとなっています。さらに、買い物もしてあげる、独居のお年寄りには話し相手にもなってあげる。量販店より高い価格に付加価値がついて、他店との差別化を明確にしています。

 ネットビジネスが主流になりつつある現在、「顔の見えない」ビジネスであることから、商品価値としては「価格」だけに主眼がおかれがちです。しかし、本来、対面販売の「商い」には、売り手と顧客の間に、「ありがとう!」と「どういたしまして」といった心の交流から相互の信頼関係と顧客満足が培われてきました。「価格競争」の行き着くところは、共倒れのアリ地獄。デフレ時代のビジネス再生のヒントは、「あのお客様のために」「このお客様のために」といった、本来の「商いの心」をどこまで商品やサービスとして姿にできるかにあると考えています。ビジネスに携わるものは、普遍的な「商い」の価値観をもう一度見直し、「アリ地獄」に陥らないサービスや付加価値のあり方を、改めて追求することが大切です。

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2010年8月24日 (火)

今年もクマゼミは鳴くのだろうか

59  私が子どもの頃は、梅雨が明けたとたんに待ってましたとばかり、「ジージ―ジ― ジリジリジリジリ」とか「ミ―ンミンミンミー」と、いっせいにセミが鳴き出して夏が来ました。捕れるセミで圧倒的に多かったのは羽根が茶で体が黒と白のアブラゼミ、次に羽根が透明で体が緑っぽいミンミンゼミ、そして夏も盛りを過ぎた頃、「オーシンツクツク オーシンツクツク フイーオーフイーオー」と鳴くのがツクツクホウシ(オーシンツクツク)、「チッチッチーニージージィージィー」と鳴くのがニイニイゼミ、そして「カナカナカナカナ」と夕方時になると物悲しく鳴いて、「夏休みもそろそろ終わりだよ」と告げるのがヒグラシ、こんなところが東京の麹町で育った私の思い出です。

 あれから何十年も経って、いま鎌倉では全く違う夏を過ごしています。
 今年の梅雨明けに、まずセミが鳴かないのに驚きました。「ほんとうに梅雨が明けたのかな」「セミはみんな死んでしまったのだろうか」と真面目に思ったくらいでした。そして暑い日が続いたある夜から、チラホラとセミが鳴き始めました。それが、もうこの数年ずっと変なのですが、かって夏の終わりに鳴いたカナカナから、今年も鳴き始めました。
 そして夏の始まったばかりの7月の夜に、網戸にガサッと何かがぶつかる音がして見てみると、立派なカブトムシが黒光りをさせて網戸に掴まっていました。「おいおい、お前、ちょっと来るの早すぎない?」って言ったくらいです。

 いまは、オーシンツクツクとニイニイゼミが盛んに鳴いています。過ぎ行く夏を惜しむかのように、もうひっきりなしに鳴くセミの声。朝晩、クーラーをとめた網戸越しに、レースのカーテンを大きく揺らす風。やはり秋は確実に、もうすぐそこまでやって来ています。ところで、夏の終わり頃にほんの一時、「シャーンシャーンシャーン」となくセミの声をまだ聞きません。そう、クマゼミです。

 30年以上も前に九州に赴任していた時は、大きく響く立派なセミの声をよく耳にしました。いつの頃からか、箱根の山を越え関東にも入ってきたのでしょうが、今年はまだ耳にしていません。ごくごく当たり前の自然の姿が当たり前でなくなると、人間はどうも落ち着かなくなるものです。季節の風物が少しずつ変わっていく。多くの人々は、この微妙な変化に、何となく落ち着かない不安を肌で感じているのではないでしょうか。

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2010年6月 1日 (火)

隅田川から皇居に抜ける風

56_2  東京駅が改修復元中です。大正3年に当代の名声高き辰野金吾が建築した当時の建物に、より近づけた新東京駅に復元されるとのこと。いま丸の内側は、この工事のために、あちこちが高い塀で仕切られ、駅舎の屋根もネットをかぶって解体の最中です。

 私は以前、丸ビル側からレンガ造りの東京駅を眺めていたとき、不思議なことに気づきました。駅舎がどこまでも低く横に伸びているのに、その上にはひとつのビルの姿も見えないのです。駅舎の向こうには何十本もの電車が走るホームがあり、そしてその向こうには八重洲のビル街があるはずなのに、駅舎の上にはビルのかけらも見えないのです。何もない空を120度くらいの角度で左右を見てみると、ずっと左端のほうに新大丸とビル群、右端のほうに新ホテルとビル群が、まるで東京駅の従者のように両サイドに立っているのです。
 そして、この東京駅付近で、もうひとつ不思議なことを経験しました。ある雨上がりの夕方、丸の内OAZOから新丸ビルに抜ける道路を歩いていたら、なんと海の潮風の匂いがしたのです。

 この2つの不思議を忘れていたのですが、あるとき、この東京駅周辺の土地開発にあたった三菱地所の都市開発構想を知って、この不思議の謎が解けました。だいぶ前のことではありますが、要旨はこうです。
 「これからの都市開発構想では、都市機能と人間との共存を考えることが重要。ヒートアイランド現象や地球温暖化の問題などを、新しい都市開発でどのように解決していくのか。その一環として、東京駅周辺の都市開発構想では、隅田川から東京駅そして丸ビル・新丸ビルを抜けて皇居に至る一帯に、「風の通り道」をつくって都市の気温上昇を防ぐように構想したのだと」

 つまり、海に近い隅田川の風が、日本橋・京橋・八重洲・東京駅の真上を通って、写真の通り丸ビル・新丸ビルの間から一気に皇居まで抜けていく、「風の通り道」をつくったのです。そのために、この「風の通り道」には一切のビルを建てず、東京湾の河口に近い涼しい川風が、熱帯の都市のど真ん中に大きく流れ込むのを可能にしたというわけです。丸の内で、なぜ潮風の匂いがしたのかも、これで合点がいきます。
 しっかりした理念をもってヴィジョンを描く。そして、そのヴィジョンに基づき、緻密な設計図を起こしていく、これが都市開発構想の進め方ということでしょう。

 実は、この手順は経営でも、また政治でもまったく同じです。理念なくしてヴィジョンなし。ヴィジョンなくして設計図なし。経営も政治も実存の世界です。大きな構想を実現するための緻密な設計図まで落とし込んでいく。昨今の政治がなぜダメなのか。その理由は、この東京駅に向かって立ち「風の通り道」を実感すると、誰の眼にもわかってくるはずです。

 「たまには楽しいこと嬉しいことをブログに」と思い続けて数ヶ月。もちろんネコの手も借りたいほどの忙しさもあったのですが、なかなか好材料がなく今日に至ってしまいました。ぜひ、次回は楽しいことを。

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2009年10月19日 (月)

「風」の話

50_4  10月も半ば過ぎて、朝晩はめっきり寒くなってきました。今日は「風」のお話。
 先日の台風上陸のときは、夜中に窓の外の木々が、最初はまるで風と激しいダンスをしているように見えたのですが、しばらく見ていると木々は嫌がっているのがわかりました。台風の猛風が「さあ、その幹も枝もへし折ってやるぞー!」と、木々を強引になぎ倒そうとするのを、「いやだあ!負けないよー!」と叫びながら体をくねらせ、何度も何度も立ち直ろうとする光景に見えました。

 台風もそうですが、風にはさまざな種類があって、私の好きな風、嫌いな風があります。嫌いな風は春先にほこりを舞い上げる風、また冬の高層ビルの側面に吹く、3秒で体が凍ってしまうような強く冷たい無機質な風。かといって、体を吹き抜ける風がイヤなのではありません。台風の風は被害のことを考えると不謹慎ですが、雪の中で遊ぶ子犬のように、危険さえなければ外に出て嵐と一緒に遊びたい気分にもなります。

 30代はじめの頃、博多の中州で酔っ払い、歩いて海近くのホテルに向かうときの、玄界灘から吹いてくる風の冷たかったこと、酔い覚めの気分と相まって忘れられません。かといって、真冬の八戸港で味わった津軽海峡の「刺すような冷たい風」は、しばしの間はガマン比べのようで何ともいえない爽快感と緊張感がありました。人間は、覚悟なく不意に食らった風には、どうも弱いのかもしれません。

 私の住む神奈川県にもさまざまな風が吹きます。秋になると必ず目に浮かぶのが、箱根芦ノ湖の湖面を吹く風と仙石原の群生したススキに吹く風です。どちらも、「秋だなあ!」と実感するひんやりした、それでいて気持ちの良い風です。一方、春は、観音崎の灯台に吹く風でしょうか。陽だまりが暖かく、それでいて海からの風は、「これからたくさんの花を咲かせますよー!」という風です。

 冬の風で素晴らしいのは、七里ガ浜の夜の海の風。誰もいない防波堤の階段に座っていると、手元の方しか見えない暗い海に、約50メートルくらいか白い小波が横一列になってラインダンスのようにやってくるのです。あたりが暗い分、このラインダンスが美しく寒い風の中でしばし見とれてしまいます。
 そして、もうひとつ、それは葉山のある海岸の冬の風。

 その風の場所は、むかし岩場に小船が着けなかった大正か昭和の時代か、沖の岩を削って船着場にして、そこからトロッコの線路を20メートルくらい飛び石の上に敷いた場所です。おそらく獲れた魚の入った木箱を、男も女も総出でそのトロッコで運んだことでしょう。それは昔のこと、いまは防波堤の外側に錆びた線路が曲がったまま、誰にも相手にされず残っています。そこは、まるで私のアタマに描くシベリアのようで、春でも夏でも秋でもダメで、ただただ冬の荒い波と鉛色の空と、そして髪の毛をぐしゃぐしゃにする風が似合う場所なのです。今年もあと2ヶ月もすると、その風に会える季節がやってきます。

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2009年9月14日 (月)

「地球に優しく」の欺瞞

48  1971年に世界で初めて、欧州アルプス3大北壁の登はんに成功した女性が、医師であり登山家である今井通子さんです。その今井通子さんが、毎日新聞夕刊の「生き方再発見・新幸福論」の中で、自然の中で生きてきた人らしい対談を記者としていました。

 彼女は現在67歳ですが何しろ生活スタイルは極力自然のままで、化粧も口紅程度でクリームなども使わず、自分の皮膚調節機能を生かし洗顔も水だけ。皮膚細胞のバランスを自己責任で保つことが、健康維持管理のために有効な方法なのだと言っています。

 朝起きた時も部屋の電気はつけないで暗視能力を鍛える、それが災害時の備えにもなり、人間が持つ動物的機能を文明の力で甘やかさない生活になるとのこと。食べ物も長野県の白馬村で米や野菜をつくり、自分の体に有害物質を入れない生活をしているそうです。かといって主義主張で固まった感じは少しもなく、あくまでも自然体なのです。

 そんな自然に生きる今井さんが、大嫌いな言葉があるとのこと。それは「地球に優しく」という言葉。そのわけを私は聞いて、あらためて彼女の慧眼に眼が覚める思いがしました。

 彼女は言います。「優しくしなくたって、地球自体は全く困らないんです。暑くても寒くても。それよりも温暖化して困るのは動植物であり、私たち自身なんです。紫外線が増えたら皮膚がんの危険性も増していく。だって防衛能力を持って作られていないんですから。
 ヒトが心地よく生かされる環境を保つためには、どうするか。もっと自然との付き合い方を学ぶべきだと思いますよ。」 

 私たちは、さもさも「地球を大切に」と思い、「地球に優しく」を合言葉のようにしてきました。しかし考えてみれば、もともと地球は氷河が来ようと灼熱地獄になろうと、それは地球の表面上の問題で、自己エネルギーで内的活動をしている地球には痛くもかゆくもないのです。むしろ、困るのは、この地球上で生かされている我々人間を含めた動物・植物たちだということ。ですから、さもさも地球のことを考えているような「地球に優しく」という言葉が、いかに欺瞞で、しかも高いところからモノを言う人間のおごりから生まれたものであることかを、私は今井さんに教えられました。

 私はマーケティングの仕事をしていますが、「お客様の満足」「お客様のために」ということが全ての考え方の基本です。しかしながら、今井さんの話の後にすぐ、「お客様のために」という言葉について考えさせられる、ある出来事がありました。

 いま大手スーパーやコンビニではプライベートブランドのラッシュで、消費者も従来のメーカー品よりも安いので大喜びです。しかしながら、このPB商品を作っているのは、実は他ならぬその従来メーカー各社なのです。そんな老舗中の老舗の納豆メーカーが先日倒産しました。3パック580円の廉価な納豆が、大手小売店の目玉商品にされてその挙句、儲けがないことから資金繰りに行き詰まり潰れてしまったのです。販売ネットを持っている大手には逆らえず、自社商品と同じ品質を安く叩かれPB商品を受注せざるを得ない状況に追い込まれていった結果でした。

 「消費者のために」が、いままでがんばってきた老舗企業を倒産させてしまう現実。スーパーやコンビニ大手が言う「消費者のために」が、本当に長い眼で見たとき、本当に「消費者のために」なのか、それが本当に世の中のためになのか、私はどうも今井さんの言葉から、「きれいごとの欺瞞」ということがアタマに引っかかって消えません。

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2009年8月24日 (月)

子どもの頃の夏は長かった!

46  とうとう8月も、後1週間となりました。雨ばかり降っていて、間に台風がやってきて大雨で被害は甚大、ようやく晴れる日が来たかと思うともう終わり。野菜やお米の被害が心配です。ただ、海外に出かけ、また田舎に出かけて帰ってくる子どもたちの表情をTVなどで見ると、子どもは誰もが楽しかった夏休みだったんだなと、思わずこちらの顔も緩んでしまいます。

 そんな子どもの頃の夏休みを、私自身振り返ってみると、夏休みが本当に長いと思っていました。かといって、もてあましていたのではなく、東京のど真中に住んで田舎のない私は毎日、朝から学校のプールが待ち遠しく、入れば日の暮れるまで体中を蝋のような紫色のシワシワにして遊んでいました。食事に帰った覚えもないので、ただただ朝からずーっとプールにいたのでしょう。プール掃除だって進んで志願し、プールの深いほうには下に大きな排水用の穴があり、そこに足を近づけるとグングン引っ張られる快感がたまらなく、OB指導員の大学生のお兄さんらに怒られながらも、悪ガキどもにとってはスリリングな遊びだったのです。(今は不幸な事件もあり、当然いけない遊びです)

 しかし、プールは夕方までなので、夜になると今度は皆で示し合わせて銭湯に行き、またそこで遊ぶのです。木の桶の口を2つ合わせて胸に抱くと、これが立派な浮き袋になり、恐いおじさんが居ないときは、その格好で皆でプカプカ。また大きな湯船と小さな湯船の境目は、お湯の行き来のために下が抜けているので、その間を潜水で行ったり来たり。もっと悪いいたずらは、番頭さんが風呂場の様子を見る奥の扉から、釜場に入って番頭さんが最後の掃除に使う太いゴムホースを持ってきます。そして、番台の視線のスキを見て大きな湯船のお湯を(気圧の高低原理を利用して)一気にタイルに流すのです。まあ、こういうことがバレないはずはなく、時には大人のタレ込みもあり、「また、お宅のタカオちゃんが・・・」と、よくオフクロがお風呂屋さんから苦情を言われ何度頭を下げたか知れません。

 そんな夏休みの日々には、さらに楽しみがあって、ひとつは学校主催の「臨海学校」や「林間学校」で泊りがけの海や川での遊び。そしてもうひとつの楽しみは、化粧品屋の商売を2日だけ休んで家族4人で出かけた1泊2日の伊豆の温泉です。家業はオフクロ任せのくせにオヤジは全国化粧品業界とやらの役員をやっていて、旅館には組合の他の家族が何組かいて、いま思うと職場旅行だったのでしょう。その旅館で温泉プールに1日入り浸り、終いにはのぼせて気を失いかけたこともあります。

 こうやって、毎日毎日、水と遊び過ごした日々が私の夏休み。8月1日は私の誕生日で、必ずこの日はオフクロが「タカオ、誕生日だからスイカを買っておいで」と、誕生祝がスイカでした。いま思うと、もし誕生日が8月1日でなかったら、私のうちはいつスイカを食べたのでしょうか。

 いまは夏もあっという間で、あの頃よりどう考えても夏が短い。そして夏らしい経験をしないうちに9月になってしまいます。やはり、もう一度、あの頃の、いつまでもいつまでも夏休みのような、そして充実した夏が欲しいものです。

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2009年8月 3日 (月)

あなたはどの党と契約を結ぶか

45  いよいよ衆議院総選挙が迫ってきました。今回の選挙はひとつの時代の終わりを予感させ、そしてこれから私たちの生活がどのようになっていくのか、いやでも関心を持たざるを得なくなっています。

 従来の選挙では党の公約も抽象的で、いざとなったらいくらでも「逃げ」を打てる総花的内容でした。しかしながら、今回の選挙に対する各党のマニフェストは、ここらのごまかしでは国民に通用しないことを、ある程度は意識して作られたようです。とはいっても、マニフェストの理解がまだまだ不十分な党もあり、衆議院は任期4年なのに10年先に向けてのスローガンを述べているのもあったりして、これでは党としても政治家としても旧態依然です。ただ、政権交代を標榜する民主党などは4年間の工程表を添え、期間を区切って公約と達成責任を明確にしたことは画期的なことではないでしょうか。

 とくに最大の焦点となる自民党と民主党の政策の大きな違いは、「税金をどのように使うか」の一点にあるように見えます。自民党は予算を組み、従来どおり、その運用を役人に任せる考え方は同じです。結局、マニフェスト作成に官僚が関与すればこうなるのは目に見えています。しかし民主党の打ち出した政策では、その恩恵を蒙るはずの国民個人に直接分配し、その間に役所や役人の介入する余地を残さないしくみにも見えます。このしくみと分配には注目すべきでしょう。ただ、財源の問題については、民主党は経済政策が希薄で、脱官僚政治だけで原資が捻出できるかは疑問が残ります。

 さて、4年前に「郵政民営化解散」で選挙したときに、今日の状況を誰が予測したでしょうか。自民党の惨状は目に余るものがあります。にもかかわらず、国民は自分たちの投票結果を忘れたかのような涼しい顔をしています。
 たとえば、民主党は「脱官僚」を標榜し天下りの撲滅をうたっていますが、「郵政民営化の見直し」を主張し、全国の特定郵便局長会に利のある票集めをねらっています。また、この郵政には、いまでも2000近いファミリー企業が群がっているようで、民営化が進まなければ結局、この利権の企業はそのまま残ってしまうことでしょう。果たして前回、「郵政民営化」に賛成して1票を投じた人々は、今度はどのような選択をすればよいのでしょうか。

 さらに一歩突っ込んでみてみると、自民党は省益を守る族議員だらけで、また民主党も公務員改革といっても全国の公務員組合が票のバックにあります。どの党もきれいなことを言うけれど、裏では現実の票集めにドロドロした利権がうごめいている感じがどうしてもぬぐえません。

 中世の画家・ブリューゲルに「盲人の行列」という絵があります。何もわからぬまま、ただ行列の誰かに先をゆだね追随していく盲人になぞらえて、大衆の愚かさを表現したものです。また、かってのベストセラー「日本人とユダヤ人」の作者とわれる故・山本七平氏が「空気の研究」という自著の中で、日本人の特質を見事に喝破しています。日本人には「気の向くまま」という言葉通り、何となく人々が右向けば右に倣え、左向けば左に倣えで、まるで「空気のごとく主体性なく流れていく」ことを指摘しました。大政翼賛会が戦争を後押しして日本は太平洋戦争に突き進んでいきました。そして、戦争に負けるや、今度はネコも杓子も「民主主義」にかぶれ180度の転換を、いとも簡単にしてしまう国民です。小泉総理が「郵政民営化!」といえば自民党が大勝し、たった4年でこの有様。

 さて、秋風の吹く9月には、新しい政権が生まれているでしょう。各党の「政権公約」は、国民との「契約」なのです。政権を担うこととなった党は、まさに「国民と契約を結ぶ」ことになります。あなたは、どの党と、どのような根拠で「契約」を結ぶつもりですか。私たちはくれぐれもムードや一時の感情で、党や人との契約書に「印鑑」を押さないようにしたいものです。

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