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2012年4月13日 (金)

東電社長の権利宣言と官僚プレデター

64_2    ブログの間隔がどうしても開いてしまうのは、忙しいこともあるのですが、実は楽しいお話を書きたいのに、なかなかそういう状況にないからです。そして、いくつかの企業の経営に係わっていると、どうしても怒りの矛先が愚かな政治に向かざるを得ません。そこで、きょうは、原発のもつ罪の深さを探ってみることにします。

 江戸から明治にかけて、貧しい農村や漁村から、多くの娘たちが借金のカタに吉原などの遊郭に売られてきました。昭和から平成に時代は変わって人身売買ができなくなってからは、貧しい農村や漁村では、それを見透かしたように中央官庁と結託した電力会社が、この30数年、人どころか村一帯、県一帯を札びらで頬っぺたをひっぱたい原発をOKさせてきました。原発は、表では電力需要を満たす夢のエネルギーとして、裏では将来の核保有への第一歩として、そのスタートを切り、今日に至りました。

 原発の誘致地域では、原発関連の雇用が生まれ、道路も舗装され、立派な公民館や体育館、中には温泉施設までできて、まるで村や町が豊かなパラダイスになったかのように見えました。が、福島の原発事故で、日本中が夢から覚めたのです。その結果、農村や漁村の命の証である自然の幸は全て廃棄!そして、孫子の代まで半永久的に土地には戻れない悲惨な現実を迎えました。つまり、我々は「安全」を謳い文句の、国家をあげての詐欺商法に出会い、とうとう不幸のどん底に落とされたのです。さらに、使用済みの核廃棄物は、何と10万年の先までその害は消えないといわれています。

 その悲惨な福島を生んだ、その原発の原因分析もなく、対策も何一つ講じられていないまま、いま、政府は原発を再稼動させるべく、「暫定安全基準」などといった忍者の目くらましのような手法を使い出しました。例えるならば、防災対策のできていない歌舞伎町のビルで、甚大な被害の火事を起きたのに対し、同じ老朽化している隣のビルは、「いま防災対策はできていないが、2,3年後はこうなる」という計画書、「暫定安全基準」とやらを所轄官庁に提出したら、なんと3日で営業許可が下りたという話。双方グルの八百長芝居であることは、子供でも理解できます。

 では、なぜ、こうまでしても政府は原発をやりたがるのか。その背景は、すべて東電社長の(どうも私には、あの慇懃無礼な態度と丸眉毛が「暴れん坊将軍」にでてくる“三河屋”に見えてしょうがありません)、例の「値上げは権利」といった発言に象徴される現実がある、と私は思っています。

 彼の発言の心理的背景はこうです。東電は霞ヶ関や虎ノ門にとどまらず、東京だけでもおびただしいほどの数の天下り官僚を、経済産業省はじめ各省庁から受け入れています。東電が原発を有し、動かしている限りは、彼ら天下り先の就職は永久に安泰!天下を動かしている豪商として、天下り官僚を食わしているのは我々東電だ!という自負心を持っても不思議はありません。その上、政治の世界では、政治家たちには政治献金で恩を売り、彼らに原発推進の音頭とりをさせ、我が意のごとく政治を動かしてきた現実があります。それだけではなく、学者の世界にも介入し、大学や研究所への支援・個人への寄付などで、原発の安全神話をせっせと構築した御用学者を育て操ってきたのです。ですから、東電の社長の心理は―――「彼らを食わしているのは我々東電だ!多くの人々を幸せにし、食わせるための権利遂行がなぜ悪い!国家を支えてきた我々を何だと思っているのだ!」と、当然のことのように「値上げは権利」と言うのも、彼の立場にたてば頷けることといえましょう。

 ですから、原発を動かさなければ、官僚の天下り先の安泰は保障されず、ご恩の返せない政治家は政治献金を頂戴できなくなってしまいます。そこで、彼ら官僚や政治家の心理は―――「さあ、大変!日本のお国のことよりも、自分たちの身の安泰が優先。別に原発のエリアに住むわけではないし、なんとか原発を動かして安寧の禄に預かりたい!そもそも原発をやめたら、将来の核保有だってできなくなる・・・」―――ただし、声高に「賛成!」は風向きが悪い。では、どうするか。

 そこで、官僚も東電も恩になった政治家も考えることはひとつ―――「総理大臣に言わせるのが一番!なぜなら、彼は、財務省のお先棒を担いで、未曾有の天変地異が起きたにもかかわらず、「税と年金の一体改革」という詐術的言語を入れ知恵したら、 “年貢(消費税)を上げることに命を懸ける”と口走った愚直な宰相。だったら今度は、経済産業省のお先棒を担いでもらって、何が何でも“原発、再稼動”に、ひと働きしてもらおう。そのためには、もっともらしい言い訳として「経済発展のために原発は欠かせない!」、なら経済界も味方するはず。安全でないのはわかりきっているが、最後は、“政治判断”といった伝家の宝刀も用意したので、いまは何が何でも再稼動が大事」といった具合。

 官僚も東電も、「原発が一基も動かない状況をつくったら、国民は、原発なくてもやっていけるじゃない!」と確信するはず。そういう状況は絶対につくってはならないと思っているのです。これから、しばらくは知事や市長はじめ地元の反対派の切り崩しを、官僚と電力会社が、あらゆる手を使って政府と政治家を操りながら暗躍するはずです。

 「官僚はプレデターである」という人がいます。消費税も、原発も、表面は政府や総理大臣が動いているように見えますが、実際は官僚が見えないところで暗躍しているということです。つまりプレデターは、人間には姿を見せないのです。血だって、一般大衆と違って赤い血は流さず、緑色です。本当の顔は醜く奇怪です。さて、このたとえが本当かどうか、この国はどこに行こうとしているのか、プレデターの本当の姿はどのようなものなのか。官僚のすべてがプレデターで、人間でないとは思いたくありません。しかし、少なくとも、何かにとり憑かれたように「原発再稼動」と声高に叫ぶ原発亡霊と、その裏で糸引くプレでターの言いなりになっては、日本の未来はないのです。

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2011年12月 6日 (火)

語るに落ちた原子力発電、だが彼らはゾンビとして生き永らえる

63_2  20代の後半、私が北鎌倉に住み始めた頃、横須賀線のホームの最後列にある金網に、奇妙な看板が立っているのを目にしました。「ここから降りてはいけません」。
そこで、「ははーん」と合点がいったのです。つまり、ここから降りる人が結構いる!

 たしかに、北鎌倉駅のホームは1直線で、地の果てまでも続きそうに長い。そして、何と!出口が最前列だけにしかないために、大船寄りに家のある人は、いったん円覚寺の門前近くまで歩いていって、そこから遠路?はるばる戻ってこなければならないのです。遅い時間に帰るような人には、冬の寒い日や雨の日などは、どう考えても辛く時間のムダと思うのが人情。まさに、この「出てはいけません」は、「語るに落ちる」言葉で、「ここから出られます」「ここから出ます」の裏返しなのです。

 同じように、「語るに落ちる」ショールームがあったのです。それは、銀座の松坂屋裏にあるTEPCO銀座館。いまは、(恐らく3・11以降でしょう)閉館になっていますが、東京電力の「プルサーマル計画」を紹介するショールームでした。「プルサーマル計画」とは、一言で言うならばプルトニウムとウランを活用した原子力発電で、これがどれほど私たちの将来にすばらしいことかを、特に子どもたちを対象にヴィジュアル化したショールームになっていたのです。

 ここを通りすがりに偶然に訪れ、初めて展示を見た時、「これはクサい!」と感じたのです。「原子力はすばらしい!」「プルサーマル計画はすばらしい!」と見せられれば見せられるほど、原子力発電への危険度を感じ危惧感を抱いたのは、おそらく私だけではないはず。ここまで「原子力は安全」だとか「原子力はすばらしい」と、「21世紀は原子力が当たり前」と子どものうちから洗脳しようとする意図が露骨であればあるほど、「これは絶対に安全でない」「恐ろしい裏がある」ことを、大いに語ることになっていたからです。

 つまり、この「プルサーマル計画」のキーワードであるプルトニウムとかウランとかいう物質は、もうおわかりのように北朝鮮の核開発でおなじみの単語で、つまり、日本が将来「原子力開発の先で何をしたいのか」、国策の暗黙の計画も間違いなく透けて見えたのです。だから、原子力開発は平和利用を旗印に今後もやめないし、裏の国策としてもやめられないのです。

 最近では、除染作業もままならない現状にありながら、いままた原子力発電の旗振り役だった経済産業省は、本来なら原子力発電推進者として被告席に座るべき御用識者を、またまた再生可能エネルギーの第3者委員会のメンバーとして選び、再生可能エネルギー潰しをしようとしています。第3者委員会という名の「八百長芝居」で、原子力発電以外の新エネルギーの算入を阻む「邪魔者潰し」を謀っているのが実情です。

 原子力発電と表裏の関係にある原子力開発は、つねに平和利用を表舞台に、そして裏の核開発を隠しながら進む、21世紀の地球上のモンスターなのです。日本の電力会社が事実隠しやヤラセを含め、何を言われても平然としているのは、彼らは自分たち自身が「時代のゾンビ」であることをひそかに知っているからでしょう。世間にいくら叩かれても踏まれても、巷が送電分離などと叫んでも、いまの政治家を政治資金で子飼いにし、官僚を天下らせて恩を売る電力会社は、絶対に死なない「核を握ったゾンビ」として、「本当は俺たちが日本を動かしているのだ」と、これからも日本の国を牛耳っていくに違いありません。この
ゾンビを、国民として今後どのように扱っていくのか、私たちの将来の選択が迫られているのです。

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2011年4月25日 (月)

ガキ大将の経験のない者は首相になるべからず

62_2  もう、何十年も経って時効でしょうからお話します。
 私が育ったのは、戦後間もない頃の東京千代田区麹町。家業は化粧品屋。私の遊びのテリトリーは、東は半蔵門、西は四谷3丁目、南は赤坂見附の弁慶橋、北は市谷あたりまで。そして、もっとも遊んだのが上智大学やイグナチオ教会の周辺。と言っても、当時の校内は、米軍が持ち込んだカマボコ型の住居がいくつかあり、まだまだ建築現場や空き地の多かった場所でした。

 そのような校内に、木々が生い茂り、ひときわ静かな小路をもつ庭があったのです。それが神父さんの住んでいる石造りの3階建ての前庭。その庭は、神父さんが腕を後ろに組んで思索したり、読書しながら散歩したりする、なんとも神聖な雰囲気の庭でした。(形は狭く変わりましたが、いまも庭はあるようです)

 実は、その庭には、実がいっぱいなる大きな甘柿の木や、果物屋でも高値で売れるような立派な実のなる大きな琵琶の木などがあって、私たち子どもにとっては最高に誘惑の庭だったのです。しかし、昼間は神父さんがいて、なかなか思うようにならなりません。そこで、悪ガキのリーダーだった私は、昼間、4、5人の仲間とY字の枝を竹竿に差込み準備OK、庭の草むらに隠し、夜8時、銭湯に行くことを口実に、その庭に集結したのでした。

 リアルタイムで実況すると、まずは、庭の入り口に見張りを立て、誰かが庭に来れば直ぐに伝令。我々は柿の木から見える神父さんの部屋の明かりを凝視、「そのとき」を待つ。音と気配を察知されれば作戦は失敗、その時がきたとばかり、主犯の私は息を殺しながら、スローで柿の実の枝に二股を差込む。そして静かにねじると、最小限度の柿の実と枝と葉が一緒になって落ちてくる。これを他のメンバーが下に落とさないようにキャッチし、八百屋からこっそり調達してきた浅い木箱に実だけをすばやく入れる。しかし、3階の日本人の神父さんに気づかれ(実は外人の神父さんは、皆優しかった・・・昼間、琵琶泥棒して口中クワンクワンにしながら食べているのを見つかったときも、ニコニコしていてくれた)、窓から「何しているんだ!」と大声で怒鳴られてしまう。しかし、ここで逃げては、ガキ大将の名が廃る。窓際で怒鳴っている限りは、絶対に捕まることはない。いよいよ、その神父さんの姿が見えなくなり、階段を駆け下りる気配を感じたときに、一斉に木箱をもって逃げる。

 もちろん、その後皆で収穫を祝い、銭湯はアリバイづくり程度で帰ったのはもちろんです。ところが、その後がまずかった。後日、仲間の一人が親に口を滑らせ、それが、どういうわけか私の鬼の父親の耳に入り、大変なことになったのです。共犯の一軒一軒に、オヤジと一緒にお詫び行脚で、そのたびに「タカオが先導して、このような・・・」で、謝ることと抱き合わせでオヤジにぶん殴られ、鼻血は出るは、顔は腫れるはで大変でした。オヤジは面子がたったかもしれないが、私は学校でも「どうしたの?」と聞かれ、話すわけにもいかず困った数日を覚えています。

 話は長くなりましたが、小学生のガキ大将ですら、目的のためにはこのくらいの才覚と、失敗したときのリスクと責任をもちあわせているのです。はたして菅さんはどのような子ども時代をすごしたのでしょうか。もし、ガキ大将の経験があれば、「いま、なにをしたらよいか」「自分の役割は何か」「自分の責任とは何か」を瞬時に判断して行動できるはずです。3月11日から今日まで,菅さんが話せば話すほど言葉がむなしく響き、一切のアウトプットのない金のかかった行動を見ていると、この男には目的をもって役割を決め、人を動かし、成果を出す「柿泥棒」は、絶対にできないなあと思わざるを得ません。ましてやリスクも責任も、とることなど到底ムリです。

 同じことが東電のトップたちにも言えるでしょう。いま、福島では、何の罪もない住人の方々が、避難所で将来のわからない毎日を送っています。原発現場では、まともな食べ物もなく極限の劣悪環境で、必至の復旧作業をされている方々がいます。こういう人こそ、東電の宝であり、日本の宝なのです。住民や彼らが命を削っている現場に対し、東電のトップは、アウトプットのある行動を一切起していません。

 平時には、ダレがなっても変わらないトップリーダーの職が、いま非常時において、その鼎の軽重が問われています。一言で言うならば、ガキ大将の経験のない者は、基幹組織のトップになってはいけません。組織が滅び、国が滅びます。

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2011年2月 1日 (火)

日本サッカーのステージが変わった日

61_6  まだまだ余韻が残っていますね、アジアカップで日本が優勝した話。楽しいことや明るい話題が少ない今日この頃、誰もが手放しで喜べるのは、やはりスポーツです。もう連日、TVでも詳細を報道し、選手の話や監督の話、良い話ばかりなのにはマスコミも現金なもんだなあと思わざるを得ませんが、まあ暗い話や批判・評論ばかりに飽き飽きした国民には、一服の清涼剤であることは間違いありません。

 実は私も高校時代はサッカー部でしたが、その頃は今のような格好良いスポーツではなく、皆が注目するスポーツでもなかったのです。練習の時、自前のサッカー着を忘れてくると、部室に脱ぎ捨ててあるユニフォームの中からきれいそうなの(といっても他人の汗が乾かず湿っていたりカビが点々とついているなど)を選んで鼻で息をしないで着て練習するような時代。だから右と左のストッキングの色が違う、履いている左右の靴がそれぞれ違うなんぞ当たり前、練習前の校外ランニングで、お嬢様学校の白百合女学園の前を2列で走る時には、ひときわ声を大きくするなど、まあTV「青春とはなんだ」のとっくの前に、「青春とこうだ!」という硬派のスポーツがサッカーだったのです。

 その後、メキシコオリンピックで日本がサッカーで銅メダルに輝き、はじめてサッカーが注目されるようになりました。ただ、この快挙の背景にはドイツから招聘したクラマー名コーチの優れた指導力がありました。しかしながら、その後は長い長いアマチュアスポーツとしての時代で、世界にはなかなか通用しなかったのです。そして、Jリーグの発足によりプロのサッカー選手が数多く輩出し、日本も世界への階段を少しずつ上っていきました。

 その間、「このまま無失点ならワールドカップに行かれる!」イラクとの試合のロスタイム、コーナーキックからロビングボールで1点入れられ引き分け、代表選手はもとより日本国民は地獄を味わいました。これが「ドーハの悲劇」です。この試合後、グランドに泣き崩れる選手一人ひとりを抱き起こしていた、オフト監督の姿が私には強烈に印象に残りました。

 その後、岡田ジャパンによるワールドカップ出場、中田英俊などの海外組の活躍など、このあたりからは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。このように日本のサッカーの歴史を眺めてきましたが、実は今回のアジアカップで、日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのです。

 では、何が変わったのか。
 それは、「個人技のレベルアップ」の時代から、「個人技の掛け算」の時代に入ったことを実感したことです。いままでチームワークで勝つとか、皆がひとつになって、という情緒的でアナログな面で、日本のサッカーが評価されることは数多くありました。しかし、今回のアジアカップで見せた日本のサッカーは、そのアナログなチームワークもさることながら、「個人技の掛け算」によるサッカーシステムのレベル性で、まさにディジタルな進化を表すものでした。あたかも人類が進化する過程で、染色体が異常分裂して知能のステージをレベルアップさせていったように、大げさに言えば、まさに歴史的な飛躍の瞬間を見た思いです。

 では、その姿とは・・・・具体的には2つのシーンに象徴されます。
 ひとつはシリア戦で、本田が右サイドから切り込んだ時。バックを抜きゴールライン近くまで持って行き、そこでマイナスのパスを香川に。そのパスを受け香川が右に切り込みシュートと見せかけ左にターンして瞬時にシュート。キーパーがはじいたボールを今度は松井がトラップしてから長谷部にチョン、しかも長谷部のシュートを防ぎに行こうとした敵のバックを背中でブロック、リレーの仕上げを長谷部が見事なミドルシュートで決めたのです。

 この瞬間に、日本のサッカーステージが変わりました。いままで個人技でも、せいぜい2名の連携で得点し、ワールドカップには重ねて出場できるところまできたのです。しかし、高い個人技の単独ではない4名の連携は、まちがいなサッカーが染色体の分裂でステージアップしたのす。もうひとつは、その後の試合で、何と7名によるパスと連続プレイによって前田が得点したシーン。その間、敵は一度もボールに触れることはできなかったのです。このように、まちがいなく日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのが、今回のアジアカップです。

 生物学の世界では、「態を変える」ことを「成長」と言いますが、まさに「態を変えた日本サッカー」を目の当たりにしたアジアカップでした。何事にもステージが変わる、染色体の数が変わることがあるのでしょう。こういった瞬間があることを前提に、自分のこと、家庭のこと、会社のこと、日本という国のこと、そして世界のことなどをイメージングすると、はたして「態を変える」どのような理想の瞬間や姿が、皆さんには浮かんできますか。

 

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2010年8月17日 (火)

牛丼戦争の先にあるもの

57_2  私の住む鎌倉では、セミがまるで夏が過ぎるのを惜しむように、朝から夜まで盛んに鳴いています。そして朝晩の気持ちいい風が、季節が確実に秋に向かっているのを感じさせます。

 さて世の中は、と見ると、政府の無策がじわじわと日本経済をダメにしていっています。
 やらなければならないことをやらないで、国民が頼みもしない高速道路の料金をいじったり、「子ども手当て」の名目で税金のバラマキをしたり、事業仕分けも大騒ぎした割には削減額も方法もスズメの涙みたいなもので、[景気浮揚策]には何一つ手のつけられない政府の無能ぶりはひどいものがあります。

 民主党政権が国民の期待に応えられないのは、その組織実態がまさに「政治の素人集団」であることを露呈した結果といえましょう。その原因のひとつに、「代議士や総理は軽くてパアが良いのだ。なぜなら、欲しいのは口ではなく数だから」という論理で、金とヨイショで無知な有名人狩りをして政権だけに執着してきた金権政治家・小澤一郎氏の大罪があります。そして、いままた9月には民主党の代表選びで、小澤氏が囲い込んだ素人集団を動かし傀儡総理を担ごうという動きは、日本の国が一体どこに進んでいってしまうのか危惧を感じざるを得ません。

 私はマーケティングが専門なので、政治と企業との関係をどうしても無視できない立場にいます。ですから、いま円高傾向に拍車がかかっているのに何もできない政府を見ていると、景気がプラスに向いていく材料に乏しいのが辛いところです。では企業にとって、このデフレの先はどこに行ってしまうのか。そこで、デフレ現象の象徴ともいうべき牛丼チェーン店の3店舗に行ってみました。

 いま、牛丼戦争は数字を省けば「松屋」が売り上げを伸ばし、それに「すき家」が続き、「吉野家」が苦戦しているのが簡単な図式です。その3店に行った比較で最も印象に残ったのは、あの老舗の「吉野家」のサービス力が落ちたことでした。

 立って待っているお客様に声も掛けない、サービス券でのお釣りがスムーズに出せない、お茶を頼んだお客様に再度水を出し隣の席の頼まない人にお茶を出す、4人いても店長が誰なのかわからない。かってのサービスはどこに行ってしまったのか。たとえ1店舗の現象であっても、まちがいなく組織の力が落ちている証拠なのです。「松屋」も「すき家」も、ボックス席を設けたり、商品ラインナップで女性や子どもを意識しているのがわかります。牛丼の味については、決定的にどこがよいという判定は難しいことからも、サービスの力は大きな集客要素になっていることでしょう。

 では、競争の原点である価格はどうか。マスコミでは盛んに『牛丼が250円の「松屋」「すき家」に対して270円の吉野家が苦戦』と喧伝していますが、実情は、どのチェーン店もセット販売が主流で、単品価格でお客様の数が違うと即断するのは危険です。いまや、従来の「早い、安い、うまい!」に、価格よりもむしろ商品ラインナップや顧客対象を重視したさらなるサービス力が、各社の売り上げの決め手となっていると判断します。

 さて、この牛丼戦争の先には何があるのか。おそらく牛丼そのものでは赤字、副商品のセットで収益を上げている現状から、これ以上の価格ダウンはアリ地獄ともいえます。
 100円マック、250円牛丼、顧客心理をしっかりつかんだテクニカルな組み合わせでビジネスを成り立たせる、しかし、この先には素材の質の低下しか見えてきません。この先の延長線上には、ビジネスの健全な発展が見えないことから、必ず「ゆり戻しのマーケティング戦略」が組まれると予測します。デフレの先には企業にも顧客にも繁栄はない、
 早く健全な経済社会に戻さなければならないことを実感した牛丼戦争の現場でした。

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2010年7月 5日 (月)

2010年日本サッカー「プロジェクトX」

57_2  久しぶりに日本中が沸きかえり、悔しいけど、誰もがすがすがしい気持ちになることができました。FIFAワールドカップ・日本代表のことです。

 私も高校時代はサッカー部、戦術的な話をすると長くなるので割愛しますが、南アフリカに行く前のチームの戦いぶりはまさにどん底、一体、どんなサッカーをしたいのか、まるで見えてきませんでした。ただパスばかりを回しあって、相手のプレスがかかると直ぐ後ろに球を戻す。せっかくカウンターのチャンスなのに、どこへ出そうかと迷っているうちに敵のプレスに挟まれてボールをとられる。まあ、目標のある人間が集まると「チーム」、目標のない人間が集まると「グループ」ですが、さしづめ日本代表は「勝つ」「点を入れる」という目標をどこかに置き忘れてきたサッカーグループといった状況でした。

 それが見事復活できたのには、さまざまな理由があるでしょうが、安倍をアンカー(守りの重鎮)にすえたように「攻めから守りへの戦術転換」をし、闘莉王がいうように「下手くそなりのサーカーに徹する」最後の開き直りが大きかったのではないでしょうか。そこに、ひとりひとりの魂と役割意識が全てひとつの鎖になったことが、今回の結果を生んだと理解しています。

 PK戦で負けたことも含めて、今回の全ての結果が、神様の手によって導かれたように思えてなりません。カメルーン戦の松井のドンピシャパス、デンマーク戦の2本の神業的なフリーキック、教科書のようなアシストパスは、いままでの日本が何試合やったら描ける得点シーンでしょうか。また、オランダ戦のたった1点も、個人技の差をまざまざと見せ付けられるような無人のゴールにショッキングなシュートを入れられるのではなく、キーパー川島が一度ははじき、「あれはしょうがないね」と納得できる惜しい点。しかもパラグアイ戦では、何度もゴール前で奇跡がおき、あれが全部入っていたらと思うと・・・、終わってみれば0:0というあたり、やはり日本に神様がついていたとしか思えません。

 それよりも何よりも、私が嬉しかったのは、日本代表の彼らが日本の若者たちに、そして子どもたちに、これ以上ない「仲間の素晴らしさ」「日本人の素晴らしさ」を見せてくれたことでした。ゴールした本田も、遠藤も、岡崎も、控え選手の輪の中に飛び込んでいったシーン、PK戦の前に選手27名だけでなく監督もコーチも皆で円陣を組み励ましあったシーン、PK戦でキックミスをした駒野を皆で列の真ん中に呼び込んだシーン、どのシーンも日本人の目に焼きついているはずです。

 思い起こせば日本が、ワールドカップの初めての切符を手からこぼした1993年10月の「ドーハの悲劇」。ロスタイムのコーナーキックからイラクに奪われた同点の1点。予選敗退が決まったこの瞬間、選手たちは皆、グランドに崩れ落ち、泣き、立ち上がれませんでした。その選手を、一人ひとりグランドを回り起き上がらせたのは監督のオフトでした。それから13年、前回のドイツ大会でブラジル戦に敗れてグランドに仰向けになってひとりで泣いていたのは中田英俊でした。ドーハから17年、4回目のワールドカップを迎え、決勝トーナメントのPK戦で敗れた日本の選手は、泣きながらも仲間が仲間の肩を抱き、励まし合い誰一人として孤独な選手はいませんでした。

 私たちは、素晴らしい選手と監督・コーチと、そしてサポーターを持ちました。まさに日本サッカーの4年間にわたる「プロジェクトX」。PK戦の負けを含めて、「私たち日本人の素晴らしさ」を私たち日本人に教えてくれるために、やはり神様が味方してくれたと思わずにはいられません。

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2009年12月22日 (火)

正義では動かない政治のカラクリ

53_2  鳩山政権になって誰もが気になっていたこと、それは首相がなかなか意思決定をしないことでした。連立内閣を組んでいる社民党には普天間基地の問題を先送りにされ、衆議院議員がわずか3名しかいない国民新党の代表・金融郵政大臣の亀井氏には「私が与党だ」と豪語される始末。しかも亀井氏は予算の水増しや、日本郵政のトップ人事を元財務次官斎藤氏に首を挿げ替え「官僚の天下り」を勝手にやってしまう傍若無人さ。なぜあそこまで弱小政党の亀井氏が強気でいられるのか、皆さん不思議ではありませんか。

 しかも実はこの斎藤氏、15年前に小沢一郎氏と画策し、細川政権の命取りになった「国民福祉税」を深夜に総理に発表させた張本人。そのとき、亀井氏は「あんな悪いやつはやめさせろ」と当時の官房長官・武村氏に言ったと武村証言があります。では、なぜ亀井氏が、その斎藤氏をベタ褒めで登用したのか、そこに亀井氏が大言壮語の吐ける背景が見えてきます。

 いま、地方から国への陳情は従来の省庁でなく、すべて民主党幹事長・小沢一郎氏に集約されるようになりました。地方においても県や市の民主党という窓口を通さないと国政の小沢氏には通らないしくみになったのです。この小沢陳情システムには、自民党を国権に対して一切の影響力の及ばない政党に落としてしまうねらいも見え隠れしています。県知事の中には、「このしくみはおかしい。私は県民からじかに選ばれたのであって民主党によって選ばれたのではない」と異議を唱える人もいます。

 さて、このようなしくみがどのような結果に結びついたのか。それが12月16日の小沢幹事長の鳩山内閣への申し入れです。結果的には「子ども手当ての所得制限なし」と「暫定税率の維持」で、小沢氏と鳩山氏の双方の顔を立てた形にはなりました。が、その申し入れ時に小沢氏は、何と己の申し入れを「国民全員の要望として」と言い放ったのです。少なくとも私も周囲の知人も小沢氏から意見を乞われたことはありません。つまり、利害の絡まった国会陳情や各省庁の裏での駆け引き、そういう見えない部分を全てブラックボックスに隠した上で、ある日突然「国民の総意」などと勝手に歪曲して公言はばからなかったのです。

 政治献金偽装事件も政治家・小沢氏の責任であるはずなのに、おそらく小沢氏は与党の最高権力者となった現在、秘書が人身御供となって話は曖昧にされることでしょう。彼は政策には一切の関心がありません。なぜなら彼が国家についてビジョンを語ったことを、少なくとも私は一度も聞いたことがないからです。かって田中角栄はロッキードで逮捕されてからは傀儡内閣を次々に打ちたて、「闇将軍」として権力を維持しました。みずから国政の矢面に立たず、あくまでも陰にて国政をつかさどる賢い手法、これが小沢氏の学んだ権力保持のノウハウです。

 いま小沢一郎氏の関心事は選挙に勝つこと、そして不動の権力を握ること。小沢氏が師と仰ぐ田中角栄の墓に詣でる姿をTVで見ましたが、まるで忠臣蔵の大石内蔵助気取りです。「天皇の政治利用」論議で宮内庁長官・羽毛田氏を罵倒し、「天皇のお体が心配だったら予定を変えればいい」と言い切って捨てる傲岸不遜さは、もう不愉快以外のなにものでもありません。かって、彼を支えた人たちが、次から次へと袂を分かって去っていったのも頷けようというものです。

 「事業仕分け」も来年度の借金予定44兆円の前では、最終的には茶番に終わる可能性があります。「政治は正義では動かず、力こそ全て」、日本の国はどこへ行こうとしているのでしょうか、国民の一人として自国の将来を心配せずにいられません。しかしながら、それでなお、2010年に少しでも明るい兆しが見えるように大いに期待している自分もいます。

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2009年11月17日 (火)

低価格社会の先に

51 690円のジーパン、180円のお弁当。価格のダウンは、とどまるところを知りません。ラーメン1杯食べても800円するお店はざらにあるのに、ラーメン代でジーパンを買ってお釣りがくる。駅弁だって1000円は当たり前なのに、なんとおかずとごはんがついて、500円玉に40円足せば3人分も買えてしまう・・・・。これら大手スーパーなどでは「大量に原材料を仕入れたので」とか「OOOOで加工の手間を省いたので」とか、たしかにもっともらしい理由を述べていますが、どう考えても並みの努力やルートでは到達し得ない価格に接すると、こっそり裏側を見せてもらいたい気になります。

 スーパーやコンビニでは、いままで店頭に並んでいた有名食品が姿を消し、そのスーパーやコンビニ店のマークの入ったプライベートブランドがあちらにもこちらにも売り場を席巻しています。では、かってのメーカーはどうしているかといえば、そのPB商品の生産会社として供給を担っているところが少なくないようです。つまるところ「泣く子と地頭には勝てぬ」ならぬ「泣く子とスーパー・コンビニには勝てぬ」といったところでしょうか。

 そんな中で先月、ある老舗の納豆メーカーがスーパーやコンビニのプライベートブランドを請負い、3パック58円の納豆を供給していたのですが、とうとう倒産してしまったのです。いくら売っても儲けがないことが原因でした。おそらく、この納豆メーカーに関連した零細企業や農家もさまざまあるはずで、倒産企業の方々のご家族はもちろん、その関連会社の方々やご家族も、この冬をどのように越されるのか、思わず顔が曇らざるを得ません。

 価格が下がることは、一見、消費者にとってありがたい話なのですが、もう信じられないくらいの価格というのは、それはどこかの適正利潤をも削っているわけで、そのしわ寄せを受けた企業では賃金カット、従業員の解雇など、さまざなひずみが生まれていることも想像に難くありません。高額商品が売れない、価格が下がる、賃金が下がる、さらに価格が下がる、まさに市場が「デフレスパイラル」に陥ってきているのが現状といえましょう。

 そこで、もうすでに、こういう低価格競争には組しないという企業も現れてきています。
 現に経営者と従業員で話し合った結果、独自の路線を行こうと決めた会社もあります。結局、低価格競争の消耗戦に参加すれば、最後は企業も従業員も疲れきって倒産という図式が見えてきたからです。ではどうするか、彼らの出した答えは「差別化」です。販売店が大手企業がどんなに圧力をかけてきても、他社にはない独自性をもった優れた商品を持てば、自立していけるという考え方に立ったのです。

 消費者にとって企業の真のあり方とはどのようなものか、低価格のみ追い続ける愚から、そろそろ市場は卒業しなければならないのではないでしょうか。「タコの足食い」のような、自分で自分の体を蝕んでいくような消費行動を消費者にさせるのではなく、世の中の景気が本当によくなり、社会全体が発展していくような「次なる幸せのステージ」を模索しなければならない時が、もう、直ぐそこまで来ているように私には思えるのです。「次なる幸せのステージ」―――そんなモデルとなる企業がドンドン出てくることを、私たちは大いに期待したいものです。

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2009年6月15日 (月)

神から授かった音楽

42  久しぶりに気持ちのよいニュースです。20歳の全盲ピアニスト辻井伸行クンが、「ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」で優勝しました。コンクール史上初の日本人優勝で、アジア勢としても初の快挙となりました。 
 この賞は、アメリカの国民的英雄であるヴァン・クライバーン(1934年生まれ)を記念して創設された国際ピアノ・コンクールで、基本的に4年おきに開催されるとのこと。ピアノの国際コンクールとしては、ショパン・コンクールと並んでピアニストの登竜門として知られているのだそうです。私は知らなかったもので・・・・

 部分的ではありますが、勝ち上がっていく時の演奏をTVで聴ききましたが、素人の私も「すごいなあ!」と驚嘆しました。受賞のときに、クライバーンがメダルを辻井クンの首にかけてあげ抱きしめると、辻井クンが大きな体の胸に自ら抱きつき顔をうずめた姿は、もう何とも言えずさわやかで感動的で、胸が熱くなったのは私だけではないでしょう。世界のおじいさんから世界の孫へ、神様が「音楽の才能」を譲り渡した儀式のようにも私には思えました。

 このような天才が、どのようにして世に出てきたか。もう、多くの方はTVや雑誌、新聞でご存知でしょう。お母さんの口ずさむジングルベルをまだ2歳にも満たない子がオモチャのピアノで弾きだした話。お母さんが果物の色を教えていたら、「では、風はどんな色?」と聞いた話などエピソードに事欠きません。彼の音楽的な才能に気づいたのは、ご両親だったのでしょうが、実は、祖父母の果たした役割も抜きには語れないようです。

 伸行クンが生まれた時、先天的に眼が見えないことを知ったおじいちゃまは、こう言ったそうです。「世の中には不幸にも目が見えないで生まれてくる子がいる。そのような子が、この家を選んで生まれてきてくれたことを喜ぼうじゃないか」と。そして、眼が見えないだけに、小鳥の声やさまざまな音に接する機会を伸行クンにもたらしてくれたそうです。

 お父さんと散歩する神田川の情景をイメージした彼の作品を私はTVで聴いていて、まちがいなく彼の耳には、「眼がある」と思わざるを得ませんでした。目の見えないことは不幸なことではあるのですが、私たちは、見たくないもの、見てはいけないものもずいぶんと目にして生きてきたように思います。汚れている自分の眼に比べて、辻井クンの目はどこまでも澄んでいて、これからも美しいものだけが見える眼であって欲しいものです。

 もうすでに世界的なプロの音楽家の道を歩いている辻井クン。ここに来るまでに、どのような艱難辛苦があったかは、おそらく私たちの想像を超えているに違いありません。経済的なことひとつとっても、遠征費をも含め音楽を学ぶためにかかった費用は、お母さんの話では新築の家が軽く一軒買えるくらいの額だそうです。だれにでも与えられた才能ではなく、また誰にでも叶えられる環境でもありません。

 「もし1日、目が見えることができたら、何を最初に見てみたいですか」という質問に、「まず見たいのは、両親の顔です」と答えた伸行クン。
 お父さんが厳しく躾はしたそうですが、これほどのさわやかな好青年を、マスコミはじめ皆で騒ぎ立て「贔屓の引き倒し」をしてはいけないのです。せっかくここまでたどり着いた「世界に誇る天才」が、さらに大きく羽ばたくことができるように、大切にしかし静かに、社会全体で見守っていってあげたいものです。

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2009年6月 1日 (月)

マスコミ報道の先にあるもの

41  新型インフルエンザの脅威が下火になってきました。この数週間、まるで映画の世界みたいに、地球上が新型インフルエンザの猛威に晒され、明日にでも感染が津波のように押し寄せてくる恐れを抱いた人も多かったのではないでしょうか。
 その震源地とも言うべき神戸に先週、仕事で行ってきました。新神戸から三ノ宮まで乗ったタクシーの運転手さんは、カンカンに怒っていました。「マスコミが無責任な大騒ぎをしたために、どれだけ我々神戸の者が被害を蒙っったかわかっているのか」と。

 たしかに、ここへきて感染が沈静化すると、今までの行政の対応についても、さまざまな批判が表面化してきました。先日は、参議院の予算委員会に参考人として出席した現役の検疫官が、政府の水際対策について「政治的パフォーマンスに利用されたと疑っている」と強く批判しました。連日報道されていた「N95マスクやガウンをつけて検疫官が飛び回っている成田空港での姿」が、さも水際対策に真剣に取り組む行政の真摯な姿勢として、パフォーマンスに利用されたということです。たしかに、政府はいかに現政権の人気度を上げるかに汲々としていて、厚労大臣が夜討ち朝駆けで政府発表を行い、総理大臣までがTVに出て「冷静な対応を」などとよけいな呼びかけなどを含め、新型インフルエンザまでもが「信頼できる政府」へのイメージづくりに利用された感は否めません。

 しかしながら、新型インフルエンザの対応については、私たちの社会の病んだ実情も見せつけられました。感染がメキシコで始まった時、女高生たちがメキシコ料理の店の前を「わあ、こわーい」といって通り過ぎ、メキシコ人の女性店主が悲しい思いをしたという話し。また感染した高校生徒の名前をインターネットで公表した者がいたために、その兄弟が学校でいじめにあったという話しなど。

 とくにひどいのはマスコミのワイドショーで、感染者の帰宅経路を事細かに地図や時間まで明らかにして公表する無神経さ、こんなことをして一体、誰の感染予防になるのでしょうか。感染被害者が、まるで加害者のように扱われる社会に誘導しているのは、まちがいなくマスコミで、その責任は重いといえましょう。空港の検疫係官が走り回る映像を何度も何度も放映したのもマスメディアで、検疫係官の批判を是とするならば、結果として「政府宣伝の片棒」を担いだのもマスコミといえましょう。このように映像を社会に流す重さ、恐さをどれだけTV局の人々が理解・痛感しているのか疑問に思うことが往々にしてあります。

 政府発表をそのまま垂れ流す、功名心に駆られて過度の内容に膨らませる、視聴率至上主義、特ダネ至上主義の落とし穴が待ち構えているマスコミにあって、「被害者を絶対につらない」モラルと配慮が、つねにマスコミには求められているはずです。そして、できることならば、「映像のその先に何が待ち構えているのか」、映像の行方の恐さをしっかり読めるマスコミであって欲しいものです。

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