スポーツ

2011年2月 1日 (火)

日本サッカーのステージが変わった日

61_6  まだまだ余韻が残っていますね、アジアカップで日本が優勝した話。楽しいことや明るい話題が少ない今日この頃、誰もが手放しで喜べるのは、やはりスポーツです。もう連日、TVでも詳細を報道し、選手の話や監督の話、良い話ばかりなのにはマスコミも現金なもんだなあと思わざるを得ませんが、まあ暗い話や批判・評論ばかりに飽き飽きした国民には、一服の清涼剤であることは間違いありません。

 実は私も高校時代はサッカー部でしたが、その頃は今のような格好良いスポーツではなく、皆が注目するスポーツでもなかったのです。練習の時、自前のサッカー着を忘れてくると、部室に脱ぎ捨ててあるユニフォームの中からきれいそうなの(といっても他人の汗が乾かず湿っていたりカビが点々とついているなど)を選んで鼻で息をしないで着て練習するような時代。だから右と左のストッキングの色が違う、履いている左右の靴がそれぞれ違うなんぞ当たり前、練習前の校外ランニングで、お嬢様学校の白百合女学園の前を2列で走る時には、ひときわ声を大きくするなど、まあTV「青春とはなんだ」のとっくの前に、「青春とこうだ!」という硬派のスポーツがサッカーだったのです。

 その後、メキシコオリンピックで日本がサッカーで銅メダルに輝き、はじめてサッカーが注目されるようになりました。ただ、この快挙の背景にはドイツから招聘したクラマー名コーチの優れた指導力がありました。しかしながら、その後は長い長いアマチュアスポーツとしての時代で、世界にはなかなか通用しなかったのです。そして、Jリーグの発足によりプロのサッカー選手が数多く輩出し、日本も世界への階段を少しずつ上っていきました。

 その間、「このまま無失点ならワールドカップに行かれる!」イラクとの試合のロスタイム、コーナーキックからロビングボールで1点入れられ引き分け、代表選手はもとより日本国民は地獄を味わいました。これが「ドーハの悲劇」です。この試合後、グランドに泣き崩れる選手一人ひとりを抱き起こしていた、オフト監督の姿が私には強烈に印象に残りました。

 その後、岡田ジャパンによるワールドカップ出場、中田英俊などの海外組の活躍など、このあたりからは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。このように日本のサッカーの歴史を眺めてきましたが、実は今回のアジアカップで、日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのです。

 では、何が変わったのか。
 それは、「個人技のレベルアップ」の時代から、「個人技の掛け算」の時代に入ったことを実感したことです。いままでチームワークで勝つとか、皆がひとつになって、という情緒的でアナログな面で、日本のサッカーが評価されることは数多くありました。しかし、今回のアジアカップで見せた日本のサッカーは、そのアナログなチームワークもさることながら、「個人技の掛け算」によるサッカーシステムのレベル性で、まさにディジタルな進化を表すものでした。あたかも人類が進化する過程で、染色体が異常分裂して知能のステージをレベルアップさせていったように、大げさに言えば、まさに歴史的な飛躍の瞬間を見た思いです。

 では、その姿とは・・・・具体的には2つのシーンに象徴されます。
 ひとつはシリア戦で、本田が右サイドから切り込んだ時。バックを抜きゴールライン近くまで持って行き、そこでマイナスのパスを香川に。そのパスを受け香川が右に切り込みシュートと見せかけ左にターンして瞬時にシュート。キーパーがはじいたボールを今度は松井がトラップしてから長谷部にチョン、しかも長谷部のシュートを防ぎに行こうとした敵のバックを背中でブロック、リレーの仕上げを長谷部が見事なミドルシュートで決めたのです。

 この瞬間に、日本のサッカーステージが変わりました。いままで個人技でも、せいぜい2名の連携で得点し、ワールドカップには重ねて出場できるところまできたのです。しかし、高い個人技の単独ではない4名の連携は、まちがいなサッカーが染色体の分裂でステージアップしたのす。もうひとつは、その後の試合で、何と7名によるパスと連続プレイによって前田が得点したシーン。その間、敵は一度もボールに触れることはできなかったのです。このように、まちがいなく日本のサッカーのステージが変わったことを実感したのが、今回のアジアカップです。

 生物学の世界では、「態を変える」ことを「成長」と言いますが、まさに「態を変えた日本サッカー」を目の当たりにしたアジアカップでした。何事にもステージが変わる、染色体の数が変わることがあるのでしょう。こういった瞬間があることを前提に、自分のこと、家庭のこと、会社のこと、日本という国のこと、そして世界のことなどをイメージングすると、はたして「態を変える」どのような理想の瞬間や姿が、皆さんには浮かんできますか。

 

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2010年7月 5日 (月)

2010年日本サッカー「プロジェクトX」

57_2  久しぶりに日本中が沸きかえり、悔しいけど、誰もがすがすがしい気持ちになることができました。FIFAワールドカップ・日本代表のことです。

 私も高校時代はサッカー部、戦術的な話をすると長くなるので割愛しますが、南アフリカに行く前のチームの戦いぶりはまさにどん底、一体、どんなサッカーをしたいのか、まるで見えてきませんでした。ただパスばかりを回しあって、相手のプレスがかかると直ぐ後ろに球を戻す。せっかくカウンターのチャンスなのに、どこへ出そうかと迷っているうちに敵のプレスに挟まれてボールをとられる。まあ、目標のある人間が集まると「チーム」、目標のない人間が集まると「グループ」ですが、さしづめ日本代表は「勝つ」「点を入れる」という目標をどこかに置き忘れてきたサッカーグループといった状況でした。

 それが見事復活できたのには、さまざまな理由があるでしょうが、安倍をアンカー(守りの重鎮)にすえたように「攻めから守りへの戦術転換」をし、闘莉王がいうように「下手くそなりのサーカーに徹する」最後の開き直りが大きかったのではないでしょうか。そこに、ひとりひとりの魂と役割意識が全てひとつの鎖になったことが、今回の結果を生んだと理解しています。

 PK戦で負けたことも含めて、今回の全ての結果が、神様の手によって導かれたように思えてなりません。カメルーン戦の松井のドンピシャパス、デンマーク戦の2本の神業的なフリーキック、教科書のようなアシストパスは、いままでの日本が何試合やったら描ける得点シーンでしょうか。また、オランダ戦のたった1点も、個人技の差をまざまざと見せ付けられるような無人のゴールにショッキングなシュートを入れられるのではなく、キーパー川島が一度ははじき、「あれはしょうがないね」と納得できる惜しい点。しかもパラグアイ戦では、何度もゴール前で奇跡がおき、あれが全部入っていたらと思うと・・・、終わってみれば0:0というあたり、やはり日本に神様がついていたとしか思えません。

 それよりも何よりも、私が嬉しかったのは、日本代表の彼らが日本の若者たちに、そして子どもたちに、これ以上ない「仲間の素晴らしさ」「日本人の素晴らしさ」を見せてくれたことでした。ゴールした本田も、遠藤も、岡崎も、控え選手の輪の中に飛び込んでいったシーン、PK戦の前に選手27名だけでなく監督もコーチも皆で円陣を組み励ましあったシーン、PK戦でキックミスをした駒野を皆で列の真ん中に呼び込んだシーン、どのシーンも日本人の目に焼きついているはずです。

 思い起こせば日本が、ワールドカップの初めての切符を手からこぼした1993年10月の「ドーハの悲劇」。ロスタイムのコーナーキックからイラクに奪われた同点の1点。予選敗退が決まったこの瞬間、選手たちは皆、グランドに崩れ落ち、泣き、立ち上がれませんでした。その選手を、一人ひとりグランドを回り起き上がらせたのは監督のオフトでした。それから13年、前回のドイツ大会でブラジル戦に敗れてグランドに仰向けになってひとりで泣いていたのは中田英俊でした。ドーハから17年、4回目のワールドカップを迎え、決勝トーナメントのPK戦で敗れた日本の選手は、泣きながらも仲間が仲間の肩を抱き、励まし合い誰一人として孤独な選手はいませんでした。

 私たちは、素晴らしい選手と監督・コーチと、そしてサポーターを持ちました。まさに日本サッカーの4年間にわたる「プロジェクトX」。PK戦の負けを含めて、「私たち日本人の素晴らしさ」を私たち日本人に教えてくれるために、やはり神様が味方してくれたと思わずにはいられません。

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2010年3月 8日 (月)

大輔クンの「道」と真央ちゃんの「鐘」

54_2  バンクーバーオリンピックが終わりました。皆さんは何が最も印象に残りましたか。
 それともオリンピックの感動と余韻はもう去りましたか。私には、銅メダルの高橋大輔クンが満面の笑顔で演技を終えたのと対照的に、銀メダルの真央ちゃんが涙にくれたフィギュアスケートが最も心に残りました。

 大輔クンの演じた曲「道」は、フェデリコ・フェリーニ監督の名作映画「道」に出てくる主題曲です。この映画を見たことのある人は、全編に流れる、あの物悲しいメロディが映画の結末と重なって、おそらく映像が脳裏に焼きついているのではないでしょうか。
 映画の主人公は、ザンパノーという男と、ちょっとアタマの弱いジェルソミーナというなんとも可愛く哀しい女旅芸人。大輔クンはそのザンパノーの心の推移を、冒頭のコミカルな演技から最後の後悔と苦悶まで、ものの見事に表現してくれました。大輔クンは「道」の世界を完全に体にしみこませ、ストーリーなど知らない人にもザンパノーになりきった演技で、多くの人々に氷上の演技者として感動を与えてくれました。

 かたや真央ちゃんは、ロシアの作曲家ラフマニノフの曲「鐘」。正式には(5つの幻想的小品集の第2曲・前奏曲嬰ハ短調「鐘」)だそうで、もう名前を聞いているうちに寝てしまいそうな曲目です。真央ちゃんのコーチの指導方針は、つねに「誰もやらないことをやる」にあるそうで、難解な演技にチャレンジさせることがポイントとのこと。しかしながら、「金を獲れる人しかコーチングしない」コーチの芸術性と選曲は、「私はそこらの人と違うのよ。私たちは芸術家とその弟子」とでもいいたげな感じで、私にはあまりよい感じがしませんでした。しかも、この「鐘」、4年前に同コーチが指導した選手が、故障でオリンピックに出られなくなり残念な思いをした曲。それを、真央ちゃんに使ったのです。

 実は、この曲を聴き、これらの話を知ったとき、このコーチで真央ちゃんが勝つのは相当厳しいなあと思いました。キム・ヨナの技量が優れているだけに、真央ちゃんの勝つチャンスは、真央ちゃんが最高の演技ができることが絶対条件で、その条件を満たすためには、いかに真央ちゃんがフリーの世界に没入できるかがカギとなると判断しました。

 しかし、この曲には正直、感情を乗せて舞えるドラマやストーリーがない。現に演技後の会見で、彼女自身が「演技の時間が長く感じられた」と涙ながらに語ったのが何よりもの証明です。また、TVで直前の練習を見ていたら、真央ちゃんは音楽のない時に飛べるトリプルアクセルを、音楽に合わせると飛べないことがあり、これはまずい、この曲は真央ちゃんの演技に合っていないと直感しました。というよりスケートの曲ではないと感じたのです。この選曲には、もっと以前に関係者からもさまざまな批判があったそうですが、真央ちゃんの偉いところは「途中で投げ出したくない」と最後までこの曲でいくことを望んだとのことです。

 いま、若いコーチたちの「オリンピックで勝つ」指導ポイントは、モロゾフコーチにもみられるように、まず採点方法を徹底分析し、どうすれば足し算で高得点をとることができるか、一つ一つの演技にディジタルな指導対応がされるようになっています。審査は人がするのですから、まずはマーケティングの世界でいう「顧客の購買分析」(ここでは審査員が顧客)から勝利へのアプローチをしているわけです。「お客様の心理をどのように分析・把握し、商品創りに反映させられるか」―――おそらく、このような視点から彼ら若いコーチは、審査員を感動させるエンターテイメント性に満ちた演技を細かく指導しているのではないでしょうか。また審査にも影響を与える観客をいかに味方に引き入れられるか、しかも、どうしたら選手が感情を表現し乗りやすいか、で選曲や振り付けを徹底しているように私には思えます。

 このような傾向に対して、真央ちゃんのコーチ指導には、課題が多く目に付きました。もしあなたが女性で、他の女性に調達したがお蔵入りしたドレスを、4年も経って「これを着て舞台に立って」と言われたら、どんな気持ちがしますか。
 また、真央ちゃんのショートプログラムに、去年も演じた「仮面舞踏会」の曲を(編曲はあるにせよ)使用したのも疑問です。新しいキム・ヨナの魅力を見せてくれた「OO7」の妖艶な演技に比べたら、新しい真央ちゃんを期待した顧客心理を裏切り、「新商品」の提供には程遠い結果といえましょう。

 つまり、私にはコーチの芸術観の押し付けばかりが目に付き、審査員や観客の心理分析が疎かになっているように思えたのです。何よりも肝心なことは、選手が主人公なのに、曲も演技もすべてコーチ自身の価値観のほうが上位にあるように思える、このこと自体が作戦の大きな誤りと思えるのです。経営でいえば、「人材育成」の観点からも、また「商品開発」の観点からも、「売り手側」の論理が優先するロシアの商品みたいで前時代的な感じがしました。

 これからの真央ちゃんにとって、というより日本のスケート界にとって、大切なことは、いままで誰も想像できなかった「新しい真央ちゃん」を生み出す環境と指導をどのように準備できるかでしょう。彼女の笑顔には、「誰をも幸せな気持ちにする女神」が宿っています。これからの4年間に「新しい真央ちゃん」を創る強力なサポートを、ここはぜひ、「スケートの神様」にもお願いしたいものです。

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2009年4月 6日 (月)

準優勝・花巻東高校の強さの秘密

35_6  選抜高校野球の決勝戦は、大会前にはともに優勝候補からほど遠かった長崎・静峰高校と岩手・花巻東高校の行き詰る熱戦となり、1:0で静峰高校の優勝となりました。一時は、大会史上はじめて優勝旗が白河を越えるかと期待されましたが、初出場の花巻東高校の優勝はなりませんでした。しかしながら、その見事な健闘が母校のみならず岩手の人々の誉れとなったのは間違いありません。

 その花巻東高校ですが、県立高校でなく私立だそうです。甲子園で決勝戦まで行くチームですから、さぞ選手は全国から集まっているのかと思いきや、全員が岩手県内の高校の卒業生であることをカーラジオで聞いて驚きました。では、どうしてこんなに強いチームに育ったのか、この学校のエピソードも紹介していました。

 実はこの学校、創立は商業学校だったのですが、昭和57年に合併で花巻東高校になりました。しかしながら、最初は余り風紀のよい学校ではなかったのだそうです。それが、あることから変わっていったのだそうです。
 そのあることとは、毎朝、生徒の登校時に先生たちが校門にたち、必ず生徒に「おはよう」の声かけをし始めたことがきっかけでした。この「おはよう」の声かけから数十年、いまこの学校の周囲に住む人々は、生徒からさわやかで大きな「こんにちは」とか「お元気ですか」とかいう声をかけられているとのことです。

 先生たちの「おはよう」には、教育者の深いところの熱意と思いがヒシヒシと伝わってきます。そして、いまその「おはよう」が生徒の中に浸み込んで、今度は生徒の「おはよう」の声になって先輩から後輩へと受け継がれている姿が浮かびます。全国から選ばれた多くの高校が、勝利すると高らかに歌う校歌には、必ず「伝統」という歌詞が登場しますが、学校の中で先輩から後輩へ受け継いでいく大切なものは何かを、この花巻東高校は改めて私たちに教えてくれているように思えます。

 さて、企業の中で経営者もビジネスマンも、「思い」をどのように社員や仲間に伝えていくのか、どのように「いま」を変えていきたいのか、忍耐も我慢も必要で簡単なことではないでしょうが、私たちは、花巻東高校の先生と生徒から大きなヒントをもらいました。

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2008年9月22日 (月)

古代ギリシャ・ローマ人の目で見ると

13_2  大作「ローマ人の物語」で有名な塩野七生さんが、文芸春秋10月号に「オリンピック・雑感」というタイトルで面白いことを書いていました。
 彼女は、現在ローマに住んでいます。そのため、TVのオリンピック放映もイタリア選手を中心に、しかも時間帯も昼夜逆なのであまり見なかった、ということを断りながら感想を述べていました。というより、スポーツのルールもよくわからないそうなので、あまり興味がないのかもしれません。しかし、それがかえって私のようなスポーツ大好き人間から見ると、彼女の話が新鮮で、確かにそうだなあと考えさせられました。

 というのは、まず彼女が取り上げたのは選手たちの体格。たとえば砲丸投げの選手などは、熊と人間のギリギリの境にあって美しくないといいます。ローマの美術館にある古代ギリシャの有名な「円盤投げ」の彫刻などは、普通の男なのに見事な美の極地に達していると。また、気に入らないのは点数主義。フェンシングは彼女も少しやったことがあるそうですが、喉元を突く致命傷を与えても、そのわずか一瞬前に相手の腕をかすったほうがポイントになるのはおかしい、しかも、「あのへんてこな線」を引きながら闘うに至ってはもはや剣技ではないと言い切ります。このようなポイント至上主義は、競技をますます女性化させると。体操競技なども同じで、ごくつまらないミスを数え上げるやり方は、体技が本来持っているおおらかさを失わせると、偏差値教育の弊害にまで話が及んでいました。

 彼女の言うように、古代ギリシャやローマでの競技は、突き詰めれば「人間賛歌」だったはずで、もっともっとおおらかに喜びや賛美があったように思います。現代のオリンピック競技が、ミスを探して減点し、それで優劣を競うというのは、何かスポーツ本来の素晴らしさから離れているような気もします。私たちは、テレビや競技場で「いまのスポーツ」を見慣れていますが、塩野さんのような指摘は確かに新鮮で、「スポーツの原点って、彼女の言うとおりかもしれない。現代スポーツは、何か違う方向に向かっているのかな」とふと思ってしまいます。

 14世紀後半のイタリアを中心に「ルネッサンス運動」が起こりますが、これは「再生」という意味で、まさにギリシャ・ローマの時代のヒューマニズムへの回帰を意味します。という視点で眺めると、もしかしたら塩野七生さんは長い間ローマ人を研究しているうちに、いつの間にか彼女自身が「古代ギリシャ・ローマの人間」に、なりきってしまったのではないかと思いました。つまり、「人間がもっとも美しく素晴らしかった時代」の眼を、彼女は、いま持ち合わせているように思えるのです。

 私たちはスポーツという競技に夢中になっているうちに、いつの間にか、「本来、人間の競技とは」とか、「本来、人間の美しさとは」とかという「素朴な視点」が失われてきているようにも思えます。スポーツに限らず、人間は、これからどこへ行こうとしているのか―――塩野さんがローマ人の物語を描いてきたのは過去のことでなく、「私たちの未来のため」のように思えてくるのです。

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2008年8月18日 (月)

国家の目論見と、人間のすばらしさと

 北京オリンピックが開幕し、競技真っ盛りです。
 誰もが開会式を見て、「すごいなあ!」「ことばがない・・・」といった感想をもたれたのではないでしょうか。壮大なスケールと圧倒される演出の見事さに、世界の多くの人々が感動を覚えたに違いありません。

 さて、この開会式を最も待ち望んでいたのは、出場選手や大会関係者はもちろんですが、同じくらい、いやそれ以上待ち望んでいた人々がいます。それは、中国の政治指導者たちです。
 さかのぼればアヘン戦争で英国に、満州事変で日本に占領された清国・満州国の時代から、1949年に毛沢東率いる中華人民共和国として独立し、そして今日に至るまで、屈辱と苦難の年月を経て、ようやくたどり着いた「先進国仲間入り宣言」の日がようやく来たのです。

 この北京オリンピックのために、北京の低所得者のエリアでは、外国人の立ち入りが禁止されたと聞きます。また、近隣の農家は、消費量の増えた水を北京に送るために、水田をとうもろこし畑に強制的に替えられたそうです。何もかもが乱暴というか人権無視というか、民主国家ではまず考えられないことを犠牲にオリンピックが開かれました。
 あわせて中国は多民族国家、ソビエト連邦が崩壊し紛争の末に次々と民族国家が独立していく姿を目の当たりに見てきました。中国が過度の弾圧と警戒をもって満漢族以外に立ち向かうのも理解できなくもありません。チベットの問題も新彊ウィグル地区の問題も、完全制圧することが今後に禍根を残さない適切な対処の仕方と信じて疑っていないのでしょう。

 このように、いかにいびつであろうとも、いかに強引であろうとも、あらゆる国内問題を犠牲にして、80カ国の首脳を招待し、「世界に冠たる偉大な中華人民共和国ここにあり」を宣言することが、北京オリンピックの開会式に課せられた命題だったのです。つまり、感動の裏に宿願の政治ショーがあり、それをもってして世界の勢力図に変革をもたらすことが中国の国家戦略です。

 しかしながら、そんな目論見とは別に、私たちは、いま日々繰り広げられる競技の中に、さまざまな人間ドラマを見ています。国家戦略の狙いとは別に、北京オリンピックの映像を目にすると、たった一人のドラマに、またはチームのドラマに、私たちは手放しで感動してしまいます。
 田村亮子夫妻のそれぞれのコメントに頭が下がり、北島康介の世界新記録での2連覇には、もう言葉がありません。思わず目頭が熱くなりました。また身を捨てて中国の世界NO.1ペアを破ったバトミントンのスエマエペアがコートに泣き崩れる姿は、もう気持ちがひしひしと伝わってきて一緒に泣けてきそうになりました。
 どのドラマも「人間て、なんてすばらしいのだろう!」と拍手を送らずにはいられません。北京オリンピックは、中国政治家の思惑とはまったく別に、「人間賛歌」という大きな感動をいま私たちに与えてくれています。

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