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2014年8月 6日 (水)

ホンモノの平和主義と、ウソの平和主義

66_3 フランスに旅行した若い女性が、よく買って帰るお土産に「モンサンミシェルのガレット」があります。モンサンミッシェルとは、フランスの西海岸に浮かぶ小島で、ユネスコの世界文化遺産にも登録されているカトリックの修道院であり巡礼地でもあります。

そのモンサンミッシェルの海では、その潮の激しい満ち引きを利用してカキの養殖が行われてきました。そのカキの養殖について、先日、BS放送では、日本とフランスの心温まるエピソードを紹介していました。

いまから50年ほど前のこと、濃厚で美味しいモンサンミッシェルの海のカキが、細菌によって全滅してしまいました。そこで、猟師さんたちはポルトガルからカキの種を輸入したのですが、またまた菌で全滅してしまったのです。
途方に暮れた猟師さんたちは世界中、細菌に強いカキの種を探し回わりました。するとカナダのカキが菌に強いことがわかり、そのルーツをたどると、菌に強いそのカキは日本の宮城県産のものだということがわかったのです。

モンサンミッシェルの海の猟師さんたちは、宮城県の桂島の猟師さんたちに交渉し、その菌に強いカキの種を譲り受けられないかを打診しました。すると桂島の漁民たちは、親切にも、快く応じてくれたのです。そのカキは再びモンサンミッシェルの海を、カキの名産地に蘇らせたのでした。それから50年、今ではフランス中から、このカキを食べに来る観光客でいっぱいです。

2012年、東日本大震災で東北のカキは全滅しました。美しい桂島のカキも全滅しました。その大震災を知ったモンサンミッシェルの海の猟師さんたちは、立ち上がったのです。桂島の猟師さんたちに、たくさんのカキの種を網ごとプレゼントしてくれたのです。50年前の絆、それが再び遙か遠い国、フランスと日本の人々の心を結びつけたのでした。そのおかげで、いま桂島ではカキの養殖が実を結び、再び見事なカキを出荷できるようになりました。

いま日本は、「積極的平和主義」の名のもと、戦争への一歩を踏み出しました。
太平洋戦争の末期、日本は劣勢を国民には知らせず、軍によるたび重なる「退却」を、マスコミにも「転進」と言わせ事実を隠しました。「きれいな言葉」で国民を欺く―――それが不都合をごまかす「時の悪しき政府」の姑息な常套手段です。

「国民の命と財産を守るために(?)同盟国と一緒に戦争をする、それが積極的な平和主義」「戦争のできない国から戦争のできる国へ、それが積極的平和主義」「同盟国に武器を輸出して、何の罪もない子供や女性の殺戮に加担する、それが積極的平和主義」――あなたは、この「きれいな言葉」を信じますか。
私は、モンサンミッシェルの海の猟師さんたちと宮城県桂島の猟師さんが、人間が本来持っている善意に基づいた交流により、50年の歳月を超えて助け合った事実こそ、ホンモノの「積極的な平和主義」であると思っています。

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