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2010年6月

2010年6月 1日 (火)

隅田川から皇居に抜ける風

56_2  東京駅が改修復元中です。大正3年に当代の名声高き辰野金吾が建築した当時の建物に、より近づけた新東京駅に復元されるとのこと。いま丸の内側は、この工事のために、あちこちが高い塀で仕切られ、駅舎の屋根もネットをかぶって解体の最中です。

 私は以前、丸ビル側からレンガ造りの東京駅を眺めていたとき、不思議なことに気づきました。駅舎がどこまでも低く横に伸びているのに、その上にはひとつのビルの姿も見えないのです。駅舎の向こうには何十本もの電車が走るホームがあり、そしてその向こうには八重洲のビル街があるはずなのに、駅舎の上にはビルのかけらも見えないのです。何もない空を120度くらいの角度で左右を見てみると、ずっと左端のほうに新大丸とビル群、右端のほうに新ホテルとビル群が、まるで東京駅の従者のように両サイドに立っているのです。
 そして、この東京駅付近で、もうひとつ不思議なことを経験しました。ある雨上がりの夕方、丸の内OAZOから新丸ビルに抜ける道路を歩いていたら、なんと海の潮風の匂いがしたのです。

 この2つの不思議を忘れていたのですが、あるとき、この東京駅周辺の土地開発にあたった三菱地所の都市開発構想を知って、この不思議の謎が解けました。だいぶ前のことではありますが、要旨はこうです。
 「これからの都市開発構想では、都市機能と人間との共存を考えることが重要。ヒートアイランド現象や地球温暖化の問題などを、新しい都市開発でどのように解決していくのか。その一環として、東京駅周辺の都市開発構想では、隅田川から東京駅そして丸ビル・新丸ビルを抜けて皇居に至る一帯に、「風の通り道」をつくって都市の気温上昇を防ぐように構想したのだと」

 つまり、海に近い隅田川の風が、日本橋・京橋・八重洲・東京駅の真上を通って、写真の通り丸ビル・新丸ビルの間から一気に皇居まで抜けていく、「風の通り道」をつくったのです。そのために、この「風の通り道」には一切のビルを建てず、東京湾の河口に近い涼しい川風が、熱帯の都市のど真ん中に大きく流れ込むのを可能にしたというわけです。丸の内で、なぜ潮風の匂いがしたのかも、これで合点がいきます。
 しっかりした理念をもってヴィジョンを描く。そして、そのヴィジョンに基づき、緻密な設計図を起こしていく、これが都市開発構想の進め方ということでしょう。

 実は、この手順は経営でも、また政治でもまったく同じです。理念なくしてヴィジョンなし。ヴィジョンなくして設計図なし。経営も政治も実存の世界です。大きな構想を実現するための緻密な設計図まで落とし込んでいく。昨今の政治がなぜダメなのか。その理由は、この東京駅に向かって立ち「風の通り道」を実感すると、誰の眼にもわかってくるはずです。

 「たまには楽しいこと嬉しいことをブログに」と思い続けて数ヶ月。もちろんネコの手も借りたいほどの忙しさもあったのですが、なかなか好材料がなく今日に至ってしまいました。ぜひ、次回は楽しいことを。

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