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2010年3月

2010年3月 8日 (月)

大輔クンの「道」と真央ちゃんの「鐘」

54_2  バンクーバーオリンピックが終わりました。皆さんは何が最も印象に残りましたか。
 それともオリンピックの感動と余韻はもう去りましたか。私には、銅メダルの高橋大輔クンが満面の笑顔で演技を終えたのと対照的に、銀メダルの真央ちゃんが涙にくれたフィギュアスケートが最も心に残りました。

 大輔クンの演じた曲「道」は、フェデリコ・フェリーニ監督の名作映画「道」に出てくる主題曲です。この映画を見たことのある人は、全編に流れる、あの物悲しいメロディが映画の結末と重なって、おそらく映像が脳裏に焼きついているのではないでしょうか。
 映画の主人公は、ザンパノーという男と、ちょっとアタマの弱いジェルソミーナというなんとも可愛く哀しい女旅芸人。大輔クンはそのザンパノーの心の推移を、冒頭のコミカルな演技から最後の後悔と苦悶まで、ものの見事に表現してくれました。大輔クンは「道」の世界を完全に体にしみこませ、ストーリーなど知らない人にもザンパノーになりきった演技で、多くの人々に氷上の演技者として感動を与えてくれました。

 かたや真央ちゃんは、ロシアの作曲家ラフマニノフの曲「鐘」。正式には(5つの幻想的小品集の第2曲・前奏曲嬰ハ短調「鐘」)だそうで、もう名前を聞いているうちに寝てしまいそうな曲目です。真央ちゃんのコーチの指導方針は、つねに「誰もやらないことをやる」にあるそうで、難解な演技にチャレンジさせることがポイントとのこと。しかしながら、「金を獲れる人しかコーチングしない」コーチの芸術性と選曲は、「私はそこらの人と違うのよ。私たちは芸術家とその弟子」とでもいいたげな感じで、私にはあまりよい感じがしませんでした。しかも、この「鐘」、4年前に同コーチが指導した選手が、故障でオリンピックに出られなくなり残念な思いをした曲。それを、真央ちゃんに使ったのです。

 実は、この曲を聴き、これらの話を知ったとき、このコーチで真央ちゃんが勝つのは相当厳しいなあと思いました。キム・ヨナの技量が優れているだけに、真央ちゃんの勝つチャンスは、真央ちゃんが最高の演技ができることが絶対条件で、その条件を満たすためには、いかに真央ちゃんがフリーの世界に没入できるかがカギとなると判断しました。

 しかし、この曲には正直、感情を乗せて舞えるドラマやストーリーがない。現に演技後の会見で、彼女自身が「演技の時間が長く感じられた」と涙ながらに語ったのが何よりもの証明です。また、TVで直前の練習を見ていたら、真央ちゃんは音楽のない時に飛べるトリプルアクセルを、音楽に合わせると飛べないことがあり、これはまずい、この曲は真央ちゃんの演技に合っていないと直感しました。というよりスケートの曲ではないと感じたのです。この選曲には、もっと以前に関係者からもさまざまな批判があったそうですが、真央ちゃんの偉いところは「途中で投げ出したくない」と最後までこの曲でいくことを望んだとのことです。

 いま、若いコーチたちの「オリンピックで勝つ」指導ポイントは、モロゾフコーチにもみられるように、まず採点方法を徹底分析し、どうすれば足し算で高得点をとることができるか、一つ一つの演技にディジタルな指導対応がされるようになっています。審査は人がするのですから、まずはマーケティングの世界でいう「顧客の購買分析」(ここでは審査員が顧客)から勝利へのアプローチをしているわけです。「お客様の心理をどのように分析・把握し、商品創りに反映させられるか」―――おそらく、このような視点から彼ら若いコーチは、審査員を感動させるエンターテイメント性に満ちた演技を細かく指導しているのではないでしょうか。また審査にも影響を与える観客をいかに味方に引き入れられるか、しかも、どうしたら選手が感情を表現し乗りやすいか、で選曲や振り付けを徹底しているように私には思えます。

 このような傾向に対して、真央ちゃんのコーチ指導には、課題が多く目に付きました。もしあなたが女性で、他の女性に調達したがお蔵入りしたドレスを、4年も経って「これを着て舞台に立って」と言われたら、どんな気持ちがしますか。
 また、真央ちゃんのショートプログラムに、去年も演じた「仮面舞踏会」の曲を(編曲はあるにせよ)使用したのも疑問です。新しいキム・ヨナの魅力を見せてくれた「OO7」の妖艶な演技に比べたら、新しい真央ちゃんを期待した顧客心理を裏切り、「新商品」の提供には程遠い結果といえましょう。

 つまり、私にはコーチの芸術観の押し付けばかりが目に付き、審査員や観客の心理分析が疎かになっているように思えたのです。何よりも肝心なことは、選手が主人公なのに、曲も演技もすべてコーチ自身の価値観のほうが上位にあるように思える、このこと自体が作戦の大きな誤りと思えるのです。経営でいえば、「人材育成」の観点からも、また「商品開発」の観点からも、「売り手側」の論理が優先するロシアの商品みたいで前時代的な感じがしました。

 これからの真央ちゃんにとって、というより日本のスケート界にとって、大切なことは、いままで誰も想像できなかった「新しい真央ちゃん」を生み出す環境と指導をどのように準備できるかでしょう。彼女の笑顔には、「誰をも幸せな気持ちにする女神」が宿っています。これからの4年間に「新しい真央ちゃん」を創る強力なサポートを、ここはぜひ、「スケートの神様」にもお願いしたいものです。

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