« 「事業仕分け」の行方 | トップページ | 福山雅治クン演じる竜馬像 »

2009年12月22日 (火)

正義では動かない政治のカラクリ

53_2  鳩山政権になって誰もが気になっていたこと、それは首相がなかなか意思決定をしないことでした。連立内閣を組んでいる社民党には普天間基地の問題を先送りにされ、衆議院議員がわずか3名しかいない国民新党の代表・金融郵政大臣の亀井氏には「私が与党だ」と豪語される始末。しかも亀井氏は予算の水増しや、日本郵政のトップ人事を元財務次官斎藤氏に首を挿げ替え「官僚の天下り」を勝手にやってしまう傍若無人さ。なぜあそこまで弱小政党の亀井氏が強気でいられるのか、皆さん不思議ではありませんか。

 しかも実はこの斎藤氏、15年前に小沢一郎氏と画策し、細川政権の命取りになった「国民福祉税」を深夜に総理に発表させた張本人。そのとき、亀井氏は「あんな悪いやつはやめさせろ」と当時の官房長官・武村氏に言ったと武村証言があります。では、なぜ亀井氏が、その斎藤氏をベタ褒めで登用したのか、そこに亀井氏が大言壮語の吐ける背景が見えてきます。

 いま、地方から国への陳情は従来の省庁でなく、すべて民主党幹事長・小沢一郎氏に集約されるようになりました。地方においても県や市の民主党という窓口を通さないと国政の小沢氏には通らないしくみになったのです。この小沢陳情システムには、自民党を国権に対して一切の影響力の及ばない政党に落としてしまうねらいも見え隠れしています。県知事の中には、「このしくみはおかしい。私は県民からじかに選ばれたのであって民主党によって選ばれたのではない」と異議を唱える人もいます。

 さて、このようなしくみがどのような結果に結びついたのか。それが12月16日の小沢幹事長の鳩山内閣への申し入れです。結果的には「子ども手当ての所得制限なし」と「暫定税率の維持」で、小沢氏と鳩山氏の双方の顔を立てた形にはなりました。が、その申し入れ時に小沢氏は、何と己の申し入れを「国民全員の要望として」と言い放ったのです。少なくとも私も周囲の知人も小沢氏から意見を乞われたことはありません。つまり、利害の絡まった国会陳情や各省庁の裏での駆け引き、そういう見えない部分を全てブラックボックスに隠した上で、ある日突然「国民の総意」などと勝手に歪曲して公言はばからなかったのです。

 政治献金偽装事件も政治家・小沢氏の責任であるはずなのに、おそらく小沢氏は与党の最高権力者となった現在、秘書が人身御供となって話は曖昧にされることでしょう。彼は政策には一切の関心がありません。なぜなら彼が国家についてビジョンを語ったことを、少なくとも私は一度も聞いたことがないからです。かって田中角栄はロッキードで逮捕されてからは傀儡内閣を次々に打ちたて、「闇将軍」として権力を維持しました。みずから国政の矢面に立たず、あくまでも陰にて国政をつかさどる賢い手法、これが小沢氏の学んだ権力保持のノウハウです。

 いま小沢一郎氏の関心事は選挙に勝つこと、そして不動の権力を握ること。小沢氏が師と仰ぐ田中角栄の墓に詣でる姿をTVで見ましたが、まるで忠臣蔵の大石内蔵助気取りです。「天皇の政治利用」論議で宮内庁長官・羽毛田氏を罵倒し、「天皇のお体が心配だったら予定を変えればいい」と言い切って捨てる傲岸不遜さは、もう不愉快以外のなにものでもありません。かって、彼を支えた人たちが、次から次へと袂を分かって去っていったのも頷けようというものです。

 「事業仕分け」も来年度の借金予定44兆円の前では、最終的には茶番に終わる可能性があります。「政治は正義では動かず、力こそ全て」、日本の国はどこへ行こうとしているのでしょうか、国民の一人として自国の将来を心配せずにいられません。しかしながら、それでなお、2010年に少しでも明るい兆しが見えるように大いに期待している自分もいます。

|

« 「事業仕分け」の行方 | トップページ | 福山雅治クン演じる竜馬像 »

ニュース」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「事業仕分け」の行方 | トップページ | 福山雅治クン演じる竜馬像 »