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2009年9月14日 (月)

「地球に優しく」の欺瞞

48  1971年に世界で初めて、欧州アルプス3大北壁の登はんに成功した女性が、医師であり登山家である今井通子さんです。その今井通子さんが、毎日新聞夕刊の「生き方再発見・新幸福論」の中で、自然の中で生きてきた人らしい対談を記者としていました。

 彼女は現在67歳ですが何しろ生活スタイルは極力自然のままで、化粧も口紅程度でクリームなども使わず、自分の皮膚調節機能を生かし洗顔も水だけ。皮膚細胞のバランスを自己責任で保つことが、健康維持管理のために有効な方法なのだと言っています。

 朝起きた時も部屋の電気はつけないで暗視能力を鍛える、それが災害時の備えにもなり、人間が持つ動物的機能を文明の力で甘やかさない生活になるとのこと。食べ物も長野県の白馬村で米や野菜をつくり、自分の体に有害物質を入れない生活をしているそうです。かといって主義主張で固まった感じは少しもなく、あくまでも自然体なのです。

 そんな自然に生きる今井さんが、大嫌いな言葉があるとのこと。それは「地球に優しく」という言葉。そのわけを私は聞いて、あらためて彼女の慧眼に眼が覚める思いがしました。

 彼女は言います。「優しくしなくたって、地球自体は全く困らないんです。暑くても寒くても。それよりも温暖化して困るのは動植物であり、私たち自身なんです。紫外線が増えたら皮膚がんの危険性も増していく。だって防衛能力を持って作られていないんですから。
 ヒトが心地よく生かされる環境を保つためには、どうするか。もっと自然との付き合い方を学ぶべきだと思いますよ。」 

 私たちは、さもさも「地球を大切に」と思い、「地球に優しく」を合言葉のようにしてきました。しかし考えてみれば、もともと地球は氷河が来ようと灼熱地獄になろうと、それは地球の表面上の問題で、自己エネルギーで内的活動をしている地球には痛くもかゆくもないのです。むしろ、困るのは、この地球上で生かされている我々人間を含めた動物・植物たちだということ。ですから、さもさも地球のことを考えているような「地球に優しく」という言葉が、いかに欺瞞で、しかも高いところからモノを言う人間のおごりから生まれたものであることかを、私は今井さんに教えられました。

 私はマーケティングの仕事をしていますが、「お客様の満足」「お客様のために」ということが全ての考え方の基本です。しかしながら、今井さんの話の後にすぐ、「お客様のために」という言葉について考えさせられる、ある出来事がありました。

 いま大手スーパーやコンビニではプライベートブランドのラッシュで、消費者も従来のメーカー品よりも安いので大喜びです。しかしながら、このPB商品を作っているのは、実は他ならぬその従来メーカー各社なのです。そんな老舗中の老舗の納豆メーカーが先日倒産しました。3パック580円の廉価な納豆が、大手小売店の目玉商品にされてその挙句、儲けがないことから資金繰りに行き詰まり潰れてしまったのです。販売ネットを持っている大手には逆らえず、自社商品と同じ品質を安く叩かれPB商品を受注せざるを得ない状況に追い込まれていった結果でした。

 「消費者のために」が、いままでがんばってきた老舗企業を倒産させてしまう現実。スーパーやコンビニ大手が言う「消費者のために」が、本当に長い眼で見たとき、本当に「消費者のために」なのか、それが本当に世の中のためになのか、私はどうも今井さんの言葉から、「きれいごとの欺瞞」ということがアタマに引っかかって消えません。

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