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2009年6月15日 (月)

神から授かった音楽

42  久しぶりに気持ちのよいニュースです。20歳の全盲ピアニスト辻井伸行クンが、「ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」で優勝しました。コンクール史上初の日本人優勝で、アジア勢としても初の快挙となりました。 
 この賞は、アメリカの国民的英雄であるヴァン・クライバーン(1934年生まれ)を記念して創設された国際ピアノ・コンクールで、基本的に4年おきに開催されるとのこと。ピアノの国際コンクールとしては、ショパン・コンクールと並んでピアニストの登竜門として知られているのだそうです。私は知らなかったもので・・・・

 部分的ではありますが、勝ち上がっていく時の演奏をTVで聴ききましたが、素人の私も「すごいなあ!」と驚嘆しました。受賞のときに、クライバーンがメダルを辻井クンの首にかけてあげ抱きしめると、辻井クンが大きな体の胸に自ら抱きつき顔をうずめた姿は、もう何とも言えずさわやかで感動的で、胸が熱くなったのは私だけではないでしょう。世界のおじいさんから世界の孫へ、神様が「音楽の才能」を譲り渡した儀式のようにも私には思えました。

 このような天才が、どのようにして世に出てきたか。もう、多くの方はTVや雑誌、新聞でご存知でしょう。お母さんの口ずさむジングルベルをまだ2歳にも満たない子がオモチャのピアノで弾きだした話。お母さんが果物の色を教えていたら、「では、風はどんな色?」と聞いた話などエピソードに事欠きません。彼の音楽的な才能に気づいたのは、ご両親だったのでしょうが、実は、祖父母の果たした役割も抜きには語れないようです。

 伸行クンが生まれた時、先天的に眼が見えないことを知ったおじいちゃまは、こう言ったそうです。「世の中には不幸にも目が見えないで生まれてくる子がいる。そのような子が、この家を選んで生まれてきてくれたことを喜ぼうじゃないか」と。そして、眼が見えないだけに、小鳥の声やさまざまな音に接する機会を伸行クンにもたらしてくれたそうです。

 お父さんと散歩する神田川の情景をイメージした彼の作品を私はTVで聴いていて、まちがいなく彼の耳には、「眼がある」と思わざるを得ませんでした。目の見えないことは不幸なことではあるのですが、私たちは、見たくないもの、見てはいけないものもずいぶんと目にして生きてきたように思います。汚れている自分の眼に比べて、辻井クンの目はどこまでも澄んでいて、これからも美しいものだけが見える眼であって欲しいものです。

 もうすでに世界的なプロの音楽家の道を歩いている辻井クン。ここに来るまでに、どのような艱難辛苦があったかは、おそらく私たちの想像を超えているに違いありません。経済的なことひとつとっても、遠征費をも含め音楽を学ぶためにかかった費用は、お母さんの話では新築の家が軽く一軒買えるくらいの額だそうです。だれにでも与えられた才能ではなく、また誰にでも叶えられる環境でもありません。

 「もし1日、目が見えることができたら、何を最初に見てみたいですか」という質問に、「まず見たいのは、両親の顔です」と答えた伸行クン。
 お父さんが厳しく躾はしたそうですが、これほどのさわやかな好青年を、マスコミはじめ皆で騒ぎ立て「贔屓の引き倒し」をしてはいけないのです。せっかくここまでたどり着いた「世界に誇る天才」が、さらに大きく羽ばたくことができるように、大切にしかし静かに、社会全体で見守っていってあげたいものです。

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