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2009年3月 2日 (月)

プロとしての地道な努力と魂

 映画はまだしも、TVドラマを見ていると「嘘っぽい演技」が気になることありませんか。
 ドラマ全体が安っぽく、薄っぺらになってしまい興ざめすることを、皆さんも経験していることと思います。
 例えばサスペンスドラマの前半によく出てくる場面ですが、不慮の事故で(実は殺人)で亡くなったご主人がいる霊安室に、奥さんが導かれ刑事が顔の白い布を取ると、間髪をいれず「うわあ!」と大声を出して泣き叫び遺体にすがる情景・・・・・
 よくあるでしょ。実は、私はいつも違和感を感じているのです。愛する人の信じられない死に直面した時、人はあんなにすぐに泣き叫ぶのかと。
 私が思うに、人は思いがけない人生のどん底におかれたとき、その現実が信じられない、それが現実と思いたくない自分が本能的に働いて、まずは声が出ず、これは夢ではないか、現実であるはずがないという気持ちと、目に飛び込んでいる現実との板ばさみで、狼狽や葛藤があるはずです。そして、現実を受け入れるまでの間とか時間とかが瞬時でもあり、それでも信じたくない無意識の行動、すなわち放心とか空ろとか取り乱しとか、尋常でない態度を取るのではないでしょうか。その後に、すべてが現実と悟った時に、一気に搾り出すような慟哭と嗚咽があるのだと思うのです。ですから、ある国の葬式に見られる「泣き女」みたいな振る舞いは、とても直ぐには想像できません。おそらく、「北の国から」の原作者・倉本聡氏の脚本はもちろん撮影スタッフなら、あのような安直な演出をしないはずです。映像は作り手も演者もプロならば、「人間の現実と心」をもっと勉強すべきと思うのです。

 そのような安直なドラマがある一方で、日本の映画作品が2つもアカデミー賞をとりました。そして、いま「おくりびと」の話で持ちきりです。この映画は、主役の本木雅弘君が持ち込んだ企画だというところも評判になっている背景です。しかも、それが15年前から彼が温めていた企画だということを知って、私も俳優としての本木雅弘君を見直しています。なぜ、「君」付けで読んでいるかといえば、彼への親愛の情と有望な青年への期待感からです。

 27歳の青年が15年経って、俳優として映画に何を期待し、俳優として何をしたいのかが結実したところに「おくりびと」があり、アカデミー賞が舞い降りたということでしょう。納棺師に師事してプロの所作と心を学び、「役になりきった」本木君が多くの感動をこれから「おくりびと」の映画を見る多くの観客にも与えてくれるに違いありません。

 さて、もうひとり、私が着目している俳優がいます。
 NHK大河ドラマ「新鮮組」の山南敬助役を好演してブレイクし、その後、「篤姫」の徳川家定、そして日航機墜落を扱った「クライマーズ・ハイ」で事件記者を演じた堺雅人君です。
 彼は、先の大河ドラマ「篤姫」でも、人気を盛り上げたひとりとして見逃すわけにはいきません。文芸春秋11月号で彼と原作者・宮尾登美子さんとの対談から、いかに「家定役づくり」のために並々ならぬ勉強をしたかを知りました。

 例えば、家定が出てくる文献として米国大使ハリスの公式記録、補佐役ヒュースケンの日誌などを調べ、歌舞伎の六法というしぐさを演じる時には市川団十郎の「助六」を観劇し、少しでも家定像をつかむために家定モデルといわれる歌川国芳の浮世絵を調べるなど、その「役づくり」への執着は並ではありません。
 また「クライマーズ・ハイ」では、日本アカデミー賞、キネマ旬報ベスト・テン、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールなど日本の権威ある映画賞で、助演男優賞を総なめにしています。この事件記者を演じるときも、「役づくり」のリアリティを得るために30人を越える実際の記者に取材をしたそうです。このような勉強から、彼はほんものの新聞記者の魂を体の中に取り込んでいったのでしょう。

 「プロとはなにか」を考えるとき、この2人の姿勢と魂に、私たちは学ぶべきことがたくさんあります。映画では「いい作品」にあたる、私たちにとっての「いい仕事」―――プロとして私たちも、「役づくり」への地道な努力をもっとしようではありませんか。

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