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2008年12月 1日 (月)

優等生より悪ガキの「創造力」に期待する

 痛くない注射針を発明した人を知っていますか。
 皆さんの使っている携帯電話、これが一気に普及したのはリチウムイオン電池のケースが、1枚のステンレス板から「深掘り」という技術を使ってできるようになったからなのですが、この偉大なる開発者を知っていますか。

 正解は、東京墨田区向島で町工場を営んでいる岡野雅行さんという、社員6名の会社の社長さんです。この社長、並みの社長ではなく知る人ぞ知るで、もうすでに「世界の岡野」といわれて久しいのです。
 今まで誰もやったことのないことをやるのが生きがいという、まさに「金属加工の神様」です。しかも仕事のフィールドは何でも御座れで、NASAからの依頼や原子力燃料のナトリウムが入る筒やセンサーの開発依頼など、もう世界のあちこちから注文が来る、まさに「ゴッドハンド」の持ち主なのです。

 なぜ社員が6名か。岡野さんによれば、「言いたいことを言うためにデカくしないんだ。人は儲かると、すぐに会社を大きくしたがる。すると200名、300名の社員を抱えて、どうしても彼らを食わせるために儲かる仕事しかしなくなる。そして守りに入って、つまらない仕事でもしなければならない。自分は、好きな仕事を好きなようにするために大きくしない。また仕事によっては、4年も考えて完成するものもある。大企業じゃできないことだ。」といってはばからないのです。現に彼自身は、自分自身を「代表取締役社員」といって、75歳のいまでも、飯より仕事が楽しくて楽しくてしようがないという根っからの職人気質の模範みたいな人なのです。

 では、どうして次から次へと「誰もやったことがないもの」を創りだす力があるのか。一言で言うならば、彼の育った向島や玉ノ井という華やいだ下町の環境に負うところが大きいのではないでしょうか。岡野さんが育った頃は、永井荷風の「濹東綺譚」(ぼくとうきたん)の舞台となった色街・玉ノ井が華やかなりし頃でした。岡野さん自身も述べていますが、世の中のことはすべて学校以外の場所で学んだそうです。とくに子どもの頃は悪ガキ仲間で、腰巾着のようにくっついていた「玉ノ井のお姉さん」から人間社会の礼儀やしきたりを教わったといいます。

 岡野さんの青少年期は、お父さんの工場で実によく働きはしましたが、その頃に遊びほうけた話しは完全に落語の世界です。そして、その遊びのほとんどが成功者の大人に「太鼓持ち」のようにくっついて教わった「生きた学問」でした。この破天荒な遊びを通して得られた「本物を見極める目」や「人様との付き合い方」「儲けるヒケツ」など「生きた学問」が、誰もやったことのない金属加工の創意工夫に満ち満ちた「神業」を育てていったといってもウソではないでしょう。

 いま日本の国は、さまざまな難問に遭遇し、しかもそれらのほとんどが未体験の課題ばかりで、21世紀のIT社会では既存の価値観がほとんど壊れてしまった感があります。しかも世界のグローバル化が進み、日本だけを見ていては最善の解決はできなくなりました。
 このような時代にあって、「新しい日本国家のヴィジョン」を描くには、何よりも「創造的な発想」が重要になってきます。

 かといって、情報を豊富に持っていることと、その情報に創造的な業をかけて新しい策を生み出すこととは必ずしもイコールではありません。これからの日本に必要なのは、「注射針は円筒を斜めに切って作る」という従来の発想から飛び出して、「1枚の板を円錐にして作る」という誰も考えない「創造性的なアタマのよさ」であると考えます。

 政治も社会も企業も、どのような人物が困難な時代をブレイクスルーしていくのか。私は、やはり岡野さんのような「生きた学問」をしてきた、人間と社会に精通している「子どもの頃の悪ガキ」こそが、いわゆる物分りのよい優等生など及ばない発想ができると思うのですがいかがでしょうか。さまざまな知恵をもって子どもの先導となる悪ガキが、日本の各界のリーダーとして100人も誕生すれば、きっと日本は「国民が暮らしやすい」創造的でユニークな新しい社会に生まれ変わると真面目に思っているのです。

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