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2008年12月

2008年12月22日 (月)

体いっぱいに酸素を吸い続ける

25_3  いよいよ今年も後わずかになりました。
 今年はいろいろなことがありましたが、何といっても世界が一気に金融危機に陥り、日本でも連日「派遣切り」の嵐が吹き荒れ、来年の日本に暗い影を落としています。政治の世界ももう混沌としてきて政府の政策に一貫性がなく、まさにダッチロール状態、果たして日本はどこに行ってしまうのか心配しないで入られません。

 そんな中で、ビジネスにおいては暗い話しばかりでなく、売り上げを伸ばしているところも実はあります。日経ビジネスでは今年のヒット商品の特色を、「下流の上マーケットが主役に躍り出た!」として特集を組んでいます。もはや、中流でありながら上をめざして背伸びするのでなく、見栄を張らず現実のメリットに目を向けた消費者が、消費の主役になってきたというのです。ちなみにヒット商品で家電のトップはお得な電池「エネループ」(三洋電機)、食品では「PB商品」(イオン、セブン&アイホールディングなど)です。

 たしかにちょっと見逃しそうな商品がヒットしているのです。たとえば、電池「エネループ」ですが、主婦の目に付くスーパーのレジ横において「ついで買い」させ、10回充電すればアルカリ乾電池より安くなるというのが利点です。また、スーパーのプライベートブランド商品は、有名ブランド商品よりほんのわずかだけ安くして自社商品の購入を促します。どちらも、真に生活する消費者でなければ見逃してしまう「ほんのわずか」なメリットに切り込んだところが、今年のヒット商品の大きな特徴といえましょう。

 このように、「下流の上」と位置づけた不況時代のマーケティングは、小さな着眼を疎かにしては成り立ちません。少なくともいままで中流と思っていた人たちも、もはや贅沢な夢を見ないのです。車など大きな商品が一気に売れなくなり、おそらくこれからは、より生活に密着した「実生活のホンネに切り込んだ商品」がヒットしていくと確信します。

 私は企業のコンサルティング以外に3事業のオーナーもしていますが、そのうちのひとつは、今年で12年連続売り上げアップを達成しました。細かいことを疎かにしないで、当たり前のことを当たり前にやる。ただし、経営は生き物ですから止まったら死にます。例えるならばマグロと同じ。マグロは他の魚よりも、より多くの酸素が必要なそうで、エラから大量の酸素を取り入れるために全速力で泳ぎ続けないと生きていけないのです。まさに「経営」もマグロと同じで、時代の酸素を体いっぱいに吸入し続けなければ生きていけません。さあ不況に負けず、来年もよい年に、皆さんと一緒に足を地に着けながら、「体いっぱいに酸素を吸って」がんばっていこうではありませんか。

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2008年12月15日 (月)

選挙の投票用紙をちょっとだけ変えてみる

24_2  サブプライムローンを発端にアメリカ経済が完全におかしくなり、その余波で世界が震撼する経済危機がやってきました。そして、日を追うに従って、その深刻度が増してきています。日本でも、わが国を代表するトヨタ、ソニーはじめ有名企業の人員削減が現実化してきて、この年の瀬に暗い気持ちにならざるを得ません。

 そもそも資本主義経済は実態経済としてスタートしたはずだったのですが、そこに金融経済が割り込んできて、いつの間にか金融がモンスターとなり暴走を始め制御不能に陥った状況が現在といってもいいでしょう。資本主義のお手本のような米国が、自動車業界「BIG3」の税金投入の例を見るまでもなく、結局、市場経済に政府が介入をしなければ国家が支えられない状況は何とも皮肉な話です。「社会主義」より「資本主義」という絶対神話も、こういうわけ方そのものが違うことを、いま私たちは目の当たりにしているのかもしれません。

 この経済危機、景気後退、格差社会、人員削減と続く日本の厳しい現実に「緊急経済対策」と声高に叫んでも、その有効な具体策を述べられる政党も人もいません。結局は、公共事業という20世紀の幻影を追いかけ始める政治家の面々が目に付きます。なによりもいまの日本に希望が見えないのは、政治家の誰もが政局のことが気になって、権力争いか自分の当選にしか頭も気持ちもいっていないことでしょう。選挙対策で拙速から生まれた「2兆円のバラマキ案」も「1兆円の地方交付税」の話も、ただお金を配る話であり、これで済むならたしかに政治とはいえません。

 企業経営では、収入が少なくなれば、当然「減量経営」で損益分岐点までムダを省くことを率先します。そして、優先順位を明確にして必要なものだけにお金を使います。どうしても「生きるために必要なもの」と、「お金を生むためのもの」にだけ費用を振り分け再起を図るのが常道です。このように、当たり前のことを当たり前にやることから、日本の国の再生もあると信じます。

 国民のための日本なら、まず国民とはどのような暮らしをしている誰なのか、その人々のためになぜ、何をしなければならないのかを、地に足をつけて皆で考えてみたいものです。今の選挙では人物選びはするが、解決して欲しい政治課題について国民の声が必ずしも拾えていません。また各政党も総花的な政策で、やるべきことが曖昧です。そこで、同じ選挙をやるなら人物投票にあわせて、各党が国民に解決を約束する政治課題を優先順位で5項目あげ、投票者が最も望むことを「ひとつだけ○」をつけてみてはいかがでしょうか。新しい内閣は必ず、国民の総意として要求した政治課題の優先順位に取り組むことを義務付ける。見たこともない最高裁判事の名前に「不信任なら×」などという形式を踏むよりは、はるかに「国民にとっての政治」に近づくのではないでしょうか。

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2008年12月 1日 (月)

優等生より悪ガキの「創造力」に期待する

 痛くない注射針を発明した人を知っていますか。
 皆さんの使っている携帯電話、これが一気に普及したのはリチウムイオン電池のケースが、1枚のステンレス板から「深掘り」という技術を使ってできるようになったからなのですが、この偉大なる開発者を知っていますか。

 正解は、東京墨田区向島で町工場を営んでいる岡野雅行さんという、社員6名の会社の社長さんです。この社長、並みの社長ではなく知る人ぞ知るで、もうすでに「世界の岡野」といわれて久しいのです。
 今まで誰もやったことのないことをやるのが生きがいという、まさに「金属加工の神様」です。しかも仕事のフィールドは何でも御座れで、NASAからの依頼や原子力燃料のナトリウムが入る筒やセンサーの開発依頼など、もう世界のあちこちから注文が来る、まさに「ゴッドハンド」の持ち主なのです。

 なぜ社員が6名か。岡野さんによれば、「言いたいことを言うためにデカくしないんだ。人は儲かると、すぐに会社を大きくしたがる。すると200名、300名の社員を抱えて、どうしても彼らを食わせるために儲かる仕事しかしなくなる。そして守りに入って、つまらない仕事でもしなければならない。自分は、好きな仕事を好きなようにするために大きくしない。また仕事によっては、4年も考えて完成するものもある。大企業じゃできないことだ。」といってはばからないのです。現に彼自身は、自分自身を「代表取締役社員」といって、75歳のいまでも、飯より仕事が楽しくて楽しくてしようがないという根っからの職人気質の模範みたいな人なのです。

 では、どうして次から次へと「誰もやったことがないもの」を創りだす力があるのか。一言で言うならば、彼の育った向島や玉ノ井という華やいだ下町の環境に負うところが大きいのではないでしょうか。岡野さんが育った頃は、永井荷風の「濹東綺譚」(ぼくとうきたん)の舞台となった色街・玉ノ井が華やかなりし頃でした。岡野さん自身も述べていますが、世の中のことはすべて学校以外の場所で学んだそうです。とくに子どもの頃は悪ガキ仲間で、腰巾着のようにくっついていた「玉ノ井のお姉さん」から人間社会の礼儀やしきたりを教わったといいます。

 岡野さんの青少年期は、お父さんの工場で実によく働きはしましたが、その頃に遊びほうけた話しは完全に落語の世界です。そして、その遊びのほとんどが成功者の大人に「太鼓持ち」のようにくっついて教わった「生きた学問」でした。この破天荒な遊びを通して得られた「本物を見極める目」や「人様との付き合い方」「儲けるヒケツ」など「生きた学問」が、誰もやったことのない金属加工の創意工夫に満ち満ちた「神業」を育てていったといってもウソではないでしょう。

 いま日本の国は、さまざまな難問に遭遇し、しかもそれらのほとんどが未体験の課題ばかりで、21世紀のIT社会では既存の価値観がほとんど壊れてしまった感があります。しかも世界のグローバル化が進み、日本だけを見ていては最善の解決はできなくなりました。
 このような時代にあって、「新しい日本国家のヴィジョン」を描くには、何よりも「創造的な発想」が重要になってきます。

 かといって、情報を豊富に持っていることと、その情報に創造的な業をかけて新しい策を生み出すこととは必ずしもイコールではありません。これからの日本に必要なのは、「注射針は円筒を斜めに切って作る」という従来の発想から飛び出して、「1枚の板を円錐にして作る」という誰も考えない「創造性的なアタマのよさ」であると考えます。

 政治も社会も企業も、どのような人物が困難な時代をブレイクスルーしていくのか。私は、やはり岡野さんのような「生きた学問」をしてきた、人間と社会に精通している「子どもの頃の悪ガキ」こそが、いわゆる物分りのよい優等生など及ばない発想ができると思うのですがいかがでしょうか。さまざまな知恵をもって子どもの先導となる悪ガキが、日本の各界のリーダーとして100人も誕生すれば、きっと日本は「国民が暮らしやすい」創造的でユニークな新しい社会に生まれ変わると真面目に思っているのです。

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