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2008年10月 6日 (月)

だまされない眼、だまされない選挙

15  なぞなぞです。
「晴れた日には貸して、雨の日には取り上げるものなーに?」
正解は、「銀行の傘」。
 まあ、傘とは本来、雨の日に使い、晴れの日にはいらないものですが、銀行は、企業が順調にいっているときには「お金を借りてくれ借りてくれ」で、逆に企業の資金繰りが苦しくなると「貸し渋り」や「貸しはがし」をするので、その現金さを揶揄した言葉です。

 いまアメリカ発で、あわや金融恐慌かという懸念が世界の経済を震撼させています。もとはといえば、もう誰もが耳にタコができたくらい聞かされた「サブプライムローン」が原因です。いわゆる低所得層による信頼の低い住宅ローンが、さまざまな証券に紛れ込んで金融市場に流れ、アメリカの住宅バブルの崩壊とともに大量に不良債権化してしまったということです。
 かつて、1930年代の世界的な金融恐慌は、時のアメリカ大統領フーバーが「政治と経済は別だ」と能天気なことを言って緊急の対応策を打たなかったことが大きな原因だったといわれています。そして、いまブッシュは、ここまでにアメリカ経済と金融を危機に陥れたことから「第2のフーバー」とまでいわれている始末です。
 さて、ひるがえって日本ですが、いまや解散だ、政局だ、と国家の危機より自分たちの政権獲得にしか頭が働いていない政党政治の実情を見ていると、なんともやるせない気持ちになってきます。次期政権をと意気込む民主党は、「おいおい、この赤字の国家にどこにそんな潤沢なお金があるの?」とつい聞きたくなる各種手当ての乱発で、政権さえ取れれば後は野となれ山となれといわんばかり。一方の政権与党である自民党は、そう簡単に空手形を出すわけにもいかず、後期高齢者医療制度の改善や景気対策がせいぜい。
 いま、日本の政治に大きく欠けているのは、まず「この国家を、いつまでにどのようなかたちにするのか」という長期の国家ヴィジョンです。このヴィジョンが前提にあると、「だから、いつまでに国民にはこのような社会と生活を約束する」と段階的目標をいえるし、国民の義務も数値的にも見えてくるのです。その上で、その第一弾として権利と義務の具体的な政策を提示し、子育て支援は、医療制度は、と戦略から政策までの関係を明確にすれば、少なくとも賢明な国民の支持と理解はもっと得られるはずです。
 「我慢しろ」だけでは誰も夢が持てなくなりますが、かといってバーゲンの目玉商品や駆け引きだけで選挙を勝とうとするのも、姑息で国民不在です。借金だらけのお父さんが子供に向かって「お前、何がほしいんだ?自転車か、サッカーボールか?何でも買ってやるぞ」と言っているような政治は国民をバカにしています。
 近頃の政治家の言葉はバカ丁寧ですが、本心、高いところから国民を見下していて人心は操作できるとタカをくくっているようにも見えます。テレビも本質からずれた報道で、ただおもしろおかしく政治ショー化した一億総評論家の声を垂れ流すだけで、国民を無責任に煽っているだけです。肝心なことは、国民がもっともっと賢くなることでしょう。
 いままで、どのように候補者を選んでいましたか。こんな国にしたのは誰あろう、我々国民なのです。つまり、我々の選ぶ人、方法、基準が間違っていたのかもしれません。選挙ポスターや演説の「一時芝居」にだまされず、候補者の真の情報を見極めることも大切でしょう。我々が、こんな日本にしてしまった反省の上に立って、情やムードに流されず真贋を見分ける眼をもって来るべき選挙に臨みたいものです。

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