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2008年8月18日 (月)

国家の目論見と、人間のすばらしさと

 北京オリンピックが開幕し、競技真っ盛りです。
 誰もが開会式を見て、「すごいなあ!」「ことばがない・・・」といった感想をもたれたのではないでしょうか。壮大なスケールと圧倒される演出の見事さに、世界の多くの人々が感動を覚えたに違いありません。

 さて、この開会式を最も待ち望んでいたのは、出場選手や大会関係者はもちろんですが、同じくらい、いやそれ以上待ち望んでいた人々がいます。それは、中国の政治指導者たちです。
 さかのぼればアヘン戦争で英国に、満州事変で日本に占領された清国・満州国の時代から、1949年に毛沢東率いる中華人民共和国として独立し、そして今日に至るまで、屈辱と苦難の年月を経て、ようやくたどり着いた「先進国仲間入り宣言」の日がようやく来たのです。

 この北京オリンピックのために、北京の低所得者のエリアでは、外国人の立ち入りが禁止されたと聞きます。また、近隣の農家は、消費量の増えた水を北京に送るために、水田をとうもろこし畑に強制的に替えられたそうです。何もかもが乱暴というか人権無視というか、民主国家ではまず考えられないことを犠牲にオリンピックが開かれました。
 あわせて中国は多民族国家、ソビエト連邦が崩壊し紛争の末に次々と民族国家が独立していく姿を目の当たりに見てきました。中国が過度の弾圧と警戒をもって満漢族以外に立ち向かうのも理解できなくもありません。チベットの問題も新彊ウィグル地区の問題も、完全制圧することが今後に禍根を残さない適切な対処の仕方と信じて疑っていないのでしょう。

 このように、いかにいびつであろうとも、いかに強引であろうとも、あらゆる国内問題を犠牲にして、80カ国の首脳を招待し、「世界に冠たる偉大な中華人民共和国ここにあり」を宣言することが、北京オリンピックの開会式に課せられた命題だったのです。つまり、感動の裏に宿願の政治ショーがあり、それをもってして世界の勢力図に変革をもたらすことが中国の国家戦略です。

 しかしながら、そんな目論見とは別に、私たちは、いま日々繰り広げられる競技の中に、さまざまな人間ドラマを見ています。国家戦略の狙いとは別に、北京オリンピックの映像を目にすると、たった一人のドラマに、またはチームのドラマに、私たちは手放しで感動してしまいます。
 田村亮子夫妻のそれぞれのコメントに頭が下がり、北島康介の世界新記録での2連覇には、もう言葉がありません。思わず目頭が熱くなりました。また身を捨てて中国の世界NO.1ペアを破ったバトミントンのスエマエペアがコートに泣き崩れる姿は、もう気持ちがひしひしと伝わってきて一緒に泣けてきそうになりました。
 どのドラマも「人間て、なんてすばらしいのだろう!」と拍手を送らずにはいられません。北京オリンピックは、中国政治家の思惑とはまったく別に、「人間賛歌」という大きな感動をいま私たちに与えてくれています。

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